第14章:ラザフォード

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  • 4444字

「だからね、君」
 コリンズ国の入出国管理官はイライラして言った。
「何の目的でこの国に入ろうとしてるんだい? え?」
 管理所の窓口でニタニタ笑うまだ年端のいかない少年は、暗い銀色の髪を払って言った。
「だーかーらー、買い物」
「本当に?」
 管理官は疑い深く少年を見詰めた。少年は青い瞳で管理官を見詰め返した。
「本当に。お使いを頼まれたんだ。ほら」
 少年は袋に入った金貨を見せた。まあまあ、と衛兵が管理官を宥める。
「行商か何かの子供でしょう。見た所武器も持っていないみたいですし、大丈夫ですって」
「うーむ、そうか?」
 管理官は渋々、入国審査の用紙に判を押して少年の門の通行を認めた。
「ありがとう!」
 そう言って駆けて行く少年の背中を見ながら、管理官は溜息を吐いた。
「あのラザフォードで無ければ良いが…」
 管理官が手にする入国手続き用の書類には、ぐにゃぐにゃした汚い字で「Victor Leonard Rutherford[ヴィクトー・レナード・ラザフォード]」と書かれていた。
(上手くいった…)
 ヴィクトーはニヤニヤ笑いながら、小さな国の市場を歩いていた。勿論、買い物をしに来た訳では無かった。
 何でもいいから面白い物、金になりそうな物を盗んで来る…今日初めて両親に盗む事を許可され、また、そうするよう指示されたヴィクトーは、わくわくしながらあちこちの物を品定めしていた。
 ヴィクトーは国と国との間、城壁に囲まれていない自然の中で、盗賊の両親の元に生まれた。ラザフォード一族…悪名高き盗賊の一族は、彼等を生み出したウィリアムズ国だけでなく、近隣諸国にもその魔の手を伸ばし、恐れられる存在だった。
(な・に・を・[]・ろ・う・か・な…ってっ)
 キョロキョロしながら歩いていたので、ヴィクトーは突然横道から飛び出して来た女の子に気付かずにぶつかってしまった。
「ってーな…」
 転んで脚や手に付いた土を払いながら立ち上がると、同じく転んだ少女が帽子の鍔越しにヴィクトーを見上げた。ヴィクトーと同じ位の歳の、綺麗な身形[みなり]をした栗色の髪が豊かな少女だった。
「王女様ー! 何処ですかドロシー王女様ー?」
 何処かから声が聞こえると、少女は慌てて立ち上がり、謝りもせずに再び駆け出した。
(ははーん)
 状況を理解したヴィクトーは少女を追い駆けた。ドロシーは一瞬ちらっと振り返ったが、お目付役の目の届かない所まで行くのが先決だと思ったのか、裾の長いドレスを掴んでひたすら通りを掛け抜けていた。
(俺が盗むのはこいつだ)
 心に決めたヴィクトーは彼女に追い付くと、走る速さを彼女に合わせてこう囁いた。
「俺が逃げるのを手伝えるよ、姫様」
 ドロシーは気が無い風に答えた。
「別に逃げてるんじゃないわ。ちょっと自由に歩き回りたいだけよ」
 ヴィクトーは微笑むと再度誘った。
「あのお目付役が来ない所まで、連れてってあげる」
 それを聞くと漸くドロシーがヴィクトーを見た。彼女は突然足を止めたかと思うと、後ろからお目付役が追って来ていないか確認し、脇の小道へと手招きした。ヴィクトーは思いの外順調に事が進んでいる事に嬉しさを感じながら後を追って路地へ入った。
「それって何処?」
 勝ち気にドロシーが尋ねた。しかし、ヴィクトーはその瞳が期待にきらきら光っている事に気が付いていた。
「あの壁の外だ」
 ヴィクトーが国を囲う城壁を指差した。ドロシーは城壁を見詰め、暫くしてからヴィクトーに尋ねた。
「大丈夫なの?」
「全然平気さ。俺はいつもあの外で暮らしてるんだ」
 乱暴な言葉遣いにならない様に気を付けながらヴィクトーが言ったが、勘の良いドロシーは直ぐに正解へと辿り着いた。
「貴方、盗賊なのね? あの有名なラザフォードかしら?」
「よく知ってるね」
「まあ凄い!」
 ドロシーはいよいよ目を輝かせて言った。と、そこでお目付役の声がまた聞こえて来たので、二人は城門の方に向かって歩き出した。
「それで? 私を誘拐して売り飛ばすんでしょ?」
 ドロシーが楽しそうに言った。普通、自分が身売りされるとなったら、怖がったり嫌がったりするのではないか? ヴィクトーは以前何処かから連れ去られて来て、ずっと泣いていた美少女の事を思い出した。
「怖くないの?」
 ヴィクトーが訊くとドロシーが首を傾げた。
「どうして?」
「売られたら何されるか解らないんだぞ。それに、俺が今すぐあんたを殺して身ぐるみ剥ぐかもしれないとか、思わないわけ?」
 ドロシーはアハハ、と笑ってこう言った。
「お城に居るよりずっとエキサイティングな人生だわ!」
 城門の近くまで来たものの、ヴィクトーは此処で困った事に気が付いた。どうやって入出国管理所を通過するかが問題だ。
「ドロシー」
 道途中で名乗り合ったので、ヴィクトーが名前で彼女に呼び掛ける。
「何か武器持ってる?」
「丸腰なの?」
 ドロシーが意外そうに訊き返した。ヴィクトーが肩を竦めた。
「入国する時に持ってると没収されたり不自然に思われるから、置いてけって」
 ドロシーは長いスカートをたくし上げると、太腿に隠していた抜身の小刀を取ってヴィクトーに見せた。王家の紋章入りの小刀は、それだけ盗んでも相当価値があるものだった。
「タダじゃあげないわ」
 ヴィクトーが伸ばした手の届かない所に小刀を遠ざけ、ドロシーが生意気そうに言うので、ヴィクトーは財布から一枚、何処か知らない外国の通貨を取り出してドロシーにやった。ドロシーは嬉々としてそれを受け取り、小刀をヴィクトーに渡した。
 乗り越えるべき関門は、衛兵一人と管理官一人だ。小国コリンズはそもそも賊に襲われるとは思っていないので、警備は他の国に比べてかなり粗雑である。人口が少なく、あまり多くの人間を兵士として使えないのも原因ではあるが。
「俺がまず衛兵を倒す。管理官が飛び出すなり援軍を呼ぶだろうから、そのごたごたの間にドロシーは国の外に出る。出たら真っ直ぐ道を行くんだ。俺達の馬車がその先に止まってる筈だし、それより前に俺も追い付く」
 ドロシーは力強く頷いた。ヴィクトーは、傾きかけた太陽に照らされ、長い影を作っている城壁に向かって突進した。

「それから?」
 ティムはドロシーの話の続きを促した。身を起こして窓の外を見ると、破壊された街にうっすらと雪が積もっていた。
「作戦は失敗したわ。成功してたら私は今此処に居ないけど」
 ドロシーは、ヴィクトーは衛兵を驚かせ、管理官を慌てさせる事には成功した事、ドロシーも一度は国外へ出た事、そこに馬に乗った、左腕の肘から先が無い二十歳前くらいの少女がやって来て、ドロシーは「危ないから」とその少女に引き留められた事、ヴィクトーは衛兵と管理官に拘束されたが、少女が何事かを管理官に伝えると、その内容を聞いたヴィクトーは顔色を変えて逃走し、管理官と衛兵に必要事項を伝えた少女がそれを追って行った事を話した。
「その女の人が何て言ってたのか私は知らない。早口でよく聞こえなかったの。でも何か、ヴィクトーにとっては良くない事を言ったみたいね」
 ドロシーはティムを一瞬責めるような目付きで見たが、直ぐにそうするのを止めた。ティムのやった事ではない事を知っていたからだ。
「それからヴィクトーに会う事は無かったわ。彼、コリンズの入国不可者リストに名前が載せられたから、もしかしたら会いに来てくれてたのかもしれないけれど、判らないわね」
 言いながら、ヴィクトーがその後コリンズを訪れた事が無い事は、ドロシーに想像が付いていた。
 何故ならその日の事だったからだ。
「ウィリアムズの兵が変なサーカス団と協力して、ラザフォード一族の末裔の一派を殲滅した、その日の事よ。私がヴィクトーに会ったの」
 そしてきっとその翌日には、彼は今の養父に引き取られていたであろうから。
 ティムはドロシーの言葉に一つだけ間違いがある事を知っていたが、敢えて言わなかった。言えば、ドロシーはティムに責任が無い事を知りつつもティムを責めたくなるだろう。
「また此処で会えるかもしれないわね。ヴィクトーは何も悪い事はしていないわ、私の知る限りは。結局何も盗んでいないし、人を傷つけてもいない。入国禁止令は、計画が進んで移住する時に取り消してあげる」
 ティムはまるでヴィクトーに恋している様なドロシーの口調が気に入らなくて、思わずドロシーの枕の下に手を伸ばした。ドロシーがずっと大切に持っているコインは、ヴィクトーが小刀の対価に支払った物だ。それを奪おうとしたが、当然ドロシーはティムの行動に腹を立て、ティムの服から飛び出た手首を掴んだ。
「ちょっと何するのよ!」
 腕を掴まれたティムの目が見開かれた。ドロシーがその異様な顔付きにギョッとして手を放したが、既にティムの頭の中には洪水の様にドロシーの記憶が流れ込んでいた。
 銃声が聴こえる。誰かの悲鳴が聴こえる。今、城に賊が侵入して来た。国が燃えている。国王と王妃が賊に殺された。兄が自分を庇って命尽きるまで戦い、魔力と体力を使い果たして倒れた。賊は居なくなった。しかし、他の皆も居なくなった…。
(違う)
 ティムは自分に言い聞かせた。ウィリアムズに賊は侵入してきていない。街は平和で、両親もまだ健在だ。それに、自分に兄等元から居ない…。
「ティモシー?」
 ドロシーがティムに直接触らない様に揺すりながら訊いた。ティムは少しずつ落ち着きを取り戻すと、ドロシーに水を求めた。ドロシーは机の上のカップを魔法で手元まで飛ばし、軽く叩いて水を生じた。ティムは宙に浮いているカップに手を伸ばすと、頭痛と吐き気が少しでもマシにならないかとちびちび飲んだ。
「すまない」
 飲み終わってドロシーにカップを返す時も、ドロシーの手には触れないように気を付けた。ティムは見えない筈の物が見えたり、聴こえない筈の音が聴こえたりするだけでは無かった。生き物に触れるとその者の心の中を覗く事が出来た。実際には、最後の能力だけは自分でコントロールする事が出来ず、触れれば否応無しに相手の記憶が流れ込んで来るのだった。
「言っておけば良かった。何か知らないが、私には魔力以外の特殊な力があるらしい。出来れば私に直接触れる事は避けてほしい」
 ドロシーは頷いた。ドロシーも、ティムが暗闇で物を読んでいたり、階下でしていた会話の内容を知っていたりしたので、何かあるとは感じていた。しかし、この能力はドロシーも予想していなかった。
(それで一切触ろうとしなかったのね…)
 ドロシーはカップを机に戻すと、ティムを寝かせて布団を掛け直してやった。自分も肩を震わせ、寒さから逃げる様に布団に潜る。
「それから、明日、ウィリアムズに帰ろうと思う」
 ドロシーはそう、と答えた。
「またこの部屋が寂しくなるわね」
 ティムはこう付け加えた。
「足りない物があれば何でも言ってくれ。出来るだけ早く用意して此方へ送る。とりあえず、布団と薪を各家に配れるくらいは送るから、さすればほら、もう少し暖かくなるだろう」

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