第16章:盗賊の歌

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 ティムは自分の部屋で泣いていた。
「どうしてお泣きになっているのですかな、殿下」
 相変わらず明かりの乏しい部屋に入って来た爺が尋ねる。ティムは涙を拭うと、素直に答えた。
「恐ろしいものなのだな」
「何がです?」
「独りというものは…」
 ティムは不自由ではあったが、孤独ではなかった。両親もまだ健在であるし、常にお目付役やらメイドやら護衛やらがすぐ傍に居た。何でも相談する事が出来る、会った事は無いが心の通じる友人も居た。
 だがどうだろう。以前、うっかり素手でブルーナの剥き出しの腕を掴んでしまった時、ティムは母親が早くに死に、父親が仕事で家に居ない家庭の様子を垣間見た。ドロシーに至っては家族どころか国民の半数を失った。そして、自分が城に戻ってきた時、抱き付いてきた母親の心配する親心を知った。皆、寂しさや失う事をとても恐れていた。
「お分かりになって頂けて爺は嬉しゅうございます。爺も伴侶が亡くなってからは家に帰ると誰も居りませんので、王子が居らっしゃらない間どれだけ寂しい思いをしたか、ご想像が出来ますでしょうか?」
「そうだな、すまない…」
「反省して頂けたなら爺は大いに満足です。今後はこの様な事はなさらぬように。次はこの爺の首が飛ばされてもおかしくはありませんぞ」
 爺が凄んだので、ティムはもう一度「すまない」と謝った。
「ところで、国王様がお仕事の手がお空きになったそうなので、殿下と面会したいとおっしゃっています」
「父上が…わかった。着替えて直ぐ行く」
 母とは違い、王である父は公務が忙しく、ティムが帰ってからも食事の席で少しだけ顔を見ただけで、しっかりと話をする時間が取れなかった。何がそんなに忙しいのかと気になってはいたが、ティムからも伝えるべき事があったので、頭の中を整理しながら服を着替えると、謁見の間へと向かった。
「殿下、違います。陛下は執務室にいらっしゃいます」
「え?」
 謁見の間に移動する暇も無いのだろうか。爺に連れられて執務室に向かう。日が暮れた後の城内は、照明が煌々と照らしているものの、人影が少なく何処か恐ろしい感じがした。冬の寒さの所為だろうか。
「国王陛下、ティモシー殿下が御見えです」
 爺が執務室の扉を叩くと、中からティムだけ入室するようにとの指示があった。従ってティムだけが扉を潜る。大量の書類に埋もれる様にして、大きな机の向こうにティムの父、ウィリアムズ王が座っていた。
 国王だからさぞ豪勢な服を着ているのかと思いきや、今は室内で地味に事務仕事をしているだけなので、パッと見だとそこら辺の中流家庭の父親と大差ない見た目だった。
「おうティム。久し振り」
 王はよっ、と片手を上げて挨拶すると、ティムに部屋にあった椅子を適当に勧めた。なんだか足がガタガタしていたが、他の椅子を当たってみるのも面倒なのでティムはその椅子に腰掛けると小さく溜め息を吐いた。
(王がする挨拶ではないな…)
 王はせかせかと書類に何か書き込む仕事を止めると、ティムに向き直ってその顔を見詰めた。茶色いその顔には悪意の無い笑みが常に貼り付いている。
「で、何処に行ってたの?」
 この問いには黙秘した。父の問いに答えるつもりは無かったし、会話の中で明らかになるだろうからわざわざ答えるのが面倒だった。王は気にせず続ける。
「私から言う事は特に無いんだけど、ティムからはあるんじゃないかと思って。それによっては何か言うかもしれないね」
 ティムは本日二回目の溜息を吐いた。この人はいつもこうだ。事ある毎に呼び出すが、自分からは何も言わない。ティムも普段は会話をする気など無いから、面会は持って五分で終了。しかし、今回はティムの方から言う事があった。
「父上、コリンズ国へもっと物資を送ってやらねば、あそこの国民が凍死してしまいます」
「ふーん、コリンズに行ってたのか。ちょっと予想外」
 言いながら国王は書類をごそごそと漁りだし、暫くして一枚の紙を見付けると、何事か書き込み始めた。
「具体的に何が必要なの?」
「防寒具と燃料。各家庭に一セット以上配りたい」
「おっけー」
 国王は輸送させる物資とその数を記入すると、魔法でその紙を何処かに転送した。恐らく議会だろう。
「それから」
 国王が「まだ何か送るの?」と言ったが、ティムは首を横に振った。緊張して口の中が渇く。国王もティムの真剣さに気付いて真面目な顔をした。
「コリンズを襲った賊は、ラザフォード一族だった」
「ふむ」
 国王がらしからぬ真剣な目付きでティムを見る。ティムも紅い瞳で国王を見詰め返した。国王が何も言わないので、ティムが続ける。
「それから…襲う時に、歌を歌うという伝説は、本当だった」
「それはコリンズ国の誰から聞いたのかい?」
 ティムは首を振る。
「コリンズ女王に誤って触れた時に…」
 ここで国王が少しだけいつもの調子に戻る。
「マタァ~やらしい事したんじゃないでしょうねぇ」
「父上、真面目な話だ。その歌の内容も女王は憶えていた」
 女王の思い出の品を奪おうとして喧嘩になった、とも言えず、ティムは核心に迫る事で国王の興味を逸らした。国王も再び真面目な顔に戻る。
「そうだな。ラザフォードは誰かを襲う時、必ず歌を歌う事で知られている。何の為に盗るのか、何を盗るのか、等を歌うそうだな。そうだったのか?」
 ティムは頷いた。国王が机の向こうから身を乗り出す。
「何と言っていた?」
 ティムは最早カラカラになった喉を無理矢理唾で湿らせ、覚えている限りの歌詞を歌い始めた。

昔々、我等は追い出された
黒い奴隷に、追い出された
六年前、再び奴隷が
我等一族を追いやった
地上の楽園から追いやった
追いやったのは、黒い奴隷と
ビックリ人間の、集団だ
そいつらを呼び寄せたのは
ネスターと盗品の女
裏切り者は死んだが
その血を引く者はまだ生きている
ヴィクトーとエドガーはまだ生きている
裏切り者を、地獄へ落とせ
我等が国を、奪い返せ

「ラザフォードは兄弟を探していたようです」
 歌い終わり、恐怖に慄きながらティムが言った。
「物を盗むというよりも、壊して回っていた…」
 国王も厳しい顔をして尋ねた。
「お前はこの歌が本当にただの歌だと思うか?」
「いいえ」
 ティムは自分でも口に出すのが恐ろしい答えを出した。
「この歌は、催眠術をかける魔法になっている」
「その通りだ」
 国王は机に肘を付いて指を組み、ティムに語って聞かせた。
「ラザフォードの恐ろしい所はこれだ。この催眠術を使って仲間や敵を錯乱させ、操り、目的を果たす。ラザフォード一族が全て合わせても何百人という桁の勢力でない事は確かだが、そうでなければコリンズの国民の半分を一夜にして殺せる筈が無い」
 ティムも頷く。ドロシーの記憶の中で、コリンズの民達は互いに刃物を向け合い、隣人の家に火を放っていた。低く響くラザフォードの歌を背景に。
「この国には、ヴィクトー・ラザフォードが居る」
 黙ったまま考え込んでいる国王に、ティムは恐怖を我慢出来ずに言った。
「ラザフォードが復讐に来る!」
「まったく、盗み聞きは犯罪だぞティム」
 王が安心させようと茶目っ気たっぷりに言ったが、あまり効果は無かった。
「定住資格を与える審査の様子を聞いていたんだな?」
 ティムは答えなかったが、彼がその特異な能力を使ってヴィクトーと王との面会の様子を自分の部屋から聞いていたのは事実だ。そこで彼に目を付けたティムは、六年経った今、彼を味方に引き込んだのだから。
「まあ、ラザフォードがヴィクトーがこの国に居る事を知っているにしろ知っていないにしろ、コリンズが襲われたとなれば此処もいつ襲撃されてもおかしくない。催眠術を使うあたり対策がしにくくて非常に厄介だが、出来るだけの事はせんとな」
 王はそれ以上話す事が無い様なので、ティムは執務室を辞した。扉の前で待っていた爺と共に自室へと戻る。
「明日、少し外出する」
 爺に言うと、爺は少しだけティムの方を見て、「了解しました。お気を付けて」と言った。計画に関する事で外出する事は言わずとも承知だ。他に理由が見当たらない。
「それから、フェリックスに手紙は届けただろうか?」
 部屋の入り口で別れ際にティムが尋ねた。爺はにっこりとして頷く。
「勿論。今日の昼頃には彼の自宅に届けられました。プレゼントの包みも一緒にです」
「そうか」
 ティムは部屋の扉を閉めた。扉に寄りかかり、長く息を吐く。自分がとんでもない事をしようとしている事は解っている。しかし、どうしても予防線を張らずには居られなかった。
(私はフェリックスが欲しい)
 彼の天才的な魔法の技術、冷静で明晰な頭脳、そして、きっと女性であれば傾国と言われるであろう美貌。どれもティムにとっては脅威的だ。
 フェリックスがこの計画の事を知った時、彼はティムの味方になるか、敵になるかのどちらかだ。ブルーナやアレックスも一枚噛んでいるし、彼の性格からして我関せずと傍観する事は無いだろう。絶対に敵には回したくなかったが、何となく、フェリックスはこの計画に手放しで賛成しないような予感がしていた。
(この手段は、最後まで使わずにおきたいものだが…)

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