第23章:研究者と毒薬

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 八月。フェリックスは、ブルーナと別れてから一度も見せる事の無かった笑顔を浮かべていた。窓の外はカンカン照りで、虹彩に色素の無いフェリックスには眩しく、部屋の中に居るのに彼はサングラスをかけていた。
 いつもは出窓に置かれている植木鉢が、今日はフェリックスの勉強机の上にある。元々置いてあった本やら、ペンやら、魔法陣や呪文を考えて落書きした紙やらを床やベッドの上に移動させ、今日の彼の机の上はさながら何処かの実験室の作業台の様になっていた。丸底フラスコにアルコールランプ、ビーカー、蒸留水の入った瓶、擂鉢、剃刀等が所狭しと、しかし丁寧に並べられている。フェリックス自身は白衣を着てマスクをし、手には剪定鋏を持っていた。
 予定より少し遅れたが、ポイゾナフラーの種を収穫出来る時がやって来たのだ。
 フェリックスはまだ咲き誇っている花を掻き分け、早くに咲いてその使命を全うした花を探し出す。花が枯れた後には、指の先程の小さな袋が付いていた。ポイゾナフラーの種は一つの花から一つだけしか取れないので、花自体は沢山咲くのだが、他の植物に比べて種の収穫量は少ない。フェリックスは他の花を傷付けない様に、一つ一つ袋を鋏で切り取っていく。大方取れたと思った所で、種を取るのは止めにした。ポイゾナフラーが役に立つのは種だけでは無い。
 フェリックスはまず、収穫した袋の皮を剥き、中から種子を取り出した。この種はまた来年植える為に取って置くので、一つだけ残して適当な紙袋に入れて机の中に仕舞った。今収穫した分と、ティムから貰って残しておいた分とで、保管するのは十二個だ。来年、この内のどれだけが発芽するのか期待と不安を抱きながら、フェリックスは次の作業に移った。
 フェリックスは一旦植木鉢を窓辺に戻し、一つだけ出しておいた種を調べにかかった。丁寧に皮を剥くと、有毒の乳白色の中身が出て来る。休みの間に別の植物で何度も練習したので、思ったよりも綺麗に剥く事が出来た。
 種の中身を擂り潰し、フラスコに入れて蒸留水を注ぎ込む。ランプでそれを沸騰させると、甘い匂いがしてフェリックスは頭がぼんやりとしてきた。フェリックスは慌てて手を振り、魔法で室内に風を起こして換気する。窓は一応開けてはいたが、今日は風が無いので換気が不十分だったらしい。危うく毒ガスで死にかける所だったと冷や冷やしながら、フラスコの上澄み液を別の瓶に移し替え、残りの滓はゴミ箱に捨てた。作業時間五分で、一口飲めば致死量の毒薬の完成である。
 勿論誰かに盛るつもりで作った訳では無く、今後の研究用である。瓶にラベルを貼ると、フェリックスは硝子戸の棚にそれを入れ、魔法で戸に鍵を掛けた。棚には他にも色々な植物から作った薬の瓶が沢山並んでいた。
 フェリックスは再び鉢を手に机に戻ると、今度は葉を一枚切り取った。此方は少し切り刻んでから、同様に擂り潰し、煮沸する。今度は液が二層に分かれたので、上側の液と下側の液とを別々の瓶に分け、それぞれから少しずつ取り出して再度煮沸したり、用意していた氷で冷やしたり、蓋の付いた容器に入れて振ったりしてみた。葉については文献を見ても特に有用であるとか危険であるとか書かれていない。フェリックスは一応、調べてみただけだった。それぞれの変化の様子をノートに書き留め、考察はまた今度する事にした。
(さて…)
 フェリックスは窓際に行って少し休憩した。メインの実験は此処からだった。
(…やるか)
 フェリックスは、最後に、咲き誇る花の一部を、惜しげも無く[がく]の根元から切り取った。作業台の上に取ったピンクの花々を並べ、暫く見詰める。入手困難な万能薬の材料が、自分の目の前にある。
 使う他無かった。
 フェリックスは後ろめたさを感じながらも、自分が考案した薬を作る決心をした。ベッドの上に積み上げた本の一番上に置いてあった、自分の研究用ノートを魔法で手元に呼び寄せる。机の上にはもう置き場所が無いので、魔法でノートを宙に浮かせたままページを繰る。目当てのページを見付け、手順を確認すると、フェリックスは作業に取り掛かった。

 フェリックスには長い長い時間に思えたが、作業を終えて時計を見てみると、意外にも三十分程度しか掛かっていなかった。
 フェリックスは手に、薄い桃色の液体が入った瓶を持っていた。
 休みの間に、別の植物での実験や、文献等を調べて考え出した、オリジナルの媚薬であった。ポイゾナフラーは万能薬の材料である…字の如く、調合次第で薬にもなれば毒にもなる。そして勿論、媚薬としても使える事に、フェリックスは気付いたのだった。
(法律なんか知った事か…)
 媚薬は他人の精神を操るので、この国の法律では薬では無く毒として指定されていた。当然、使用すれば罰則が下る。使用する相手や量、その他状況にも寄るが、最悪の場合国外追放も有り得る重要犯罪だ。ろくに食べ物も着る物も調達出来ない上、賊の蔓延る国外への追放は死刑の次に重い刑罰である。
(だって、俺がこれをブルーナに使った所で、誰が不自然に思うんだ?)
 フェリックスは速まる鼓動を抑えようと深呼吸をしながら、瓶を自分の鞄のポケットに入れ、今日の実験の後片付けをし始めた。

『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。