Cosmos and Chaos
Eyecatch

第17章:解決?

  • G
  • 3380字

「それから?」
 ティムはドロシーの話の続きを促した。身を起こして窓の外を見ると、破壊された街にうっすらと雪が積もっていた。
「作戦は失敗したわ。成功してたら私は今此処に居ないけど」
 ドロシーは、ヴィクトーは衛兵を驚かせ、管理官を慌てさせる事には成功した事、ドロシーも一度は国外へ出た事、そこにたまたま馬に乗った、左腕の肘から先が無い二十歳前くらいの少女がやって来て、ドロシーは「危ないから」とその少女に引き留められた事、ヴィクトーは衛兵と管理官に拘束されたが、少女が何事かを管理官に伝えると、その内容を聞いたヴィクトーは顔色を変えて逃走し、管理官と衛兵に必要事項を伝えた少女がそれを追って行った事を話した。
「その女の人が何て言ってたのか私は知らない。早口でよく聞こえなかったの。でも何か、ヴィクトーにとっては良くない事を言ったみたいね」
 ドロシーはティムを一瞬責めるような目付きで見たが、直ぐにそうするのを止めた。ティムのやった事ではない事を知っていたからだ。
「それからヴィクトーに会う事は無かったわ。彼、コリンズの入国不可者リストに名前が載せられたから、もしかしたら会いに来てくれてたのかもしれないけれど、判らないわね」
 言いながら、ヴィクトーがその後コリンズを訪れた事が無い事は、ドロシーに想像が付いていた。
 何故ならその日の事だったからだ。
「ウィリアムズの兵が変なサーカス団と協力して、ラザフォード一族の末裔の一派を殲滅した、その日の事よ。私がヴィクトーに会ったの」
 そしてきっとその翌日には、彼は今の養父に引き取られていたであろうから。
 ティムはドロシーの言葉に一つだけ間違いがある事を知っていたが、敢えて言わなかった。言えば、ドロシーはティムに責任が無い事を知りつつもティムを責めたくなるだろう。
「また此処で会えるかもしれないわね。ヴィクトーは何も悪い事はしていないわ、私の知る限りは。結局何も盗んでいないし、人を傷つけてもいない。入国禁止令は、計画が進んで移住する時に取り消してあげる」
 ティムはまるでヴィクトーに恋している様なドロシーの口調が気に入らなくて、思わずドロシーの枕の下に手を伸ばした。ドロシーがずっと大切に持っているコインは、ヴィクトーが小刀の対価に支払った物だ。それを奪おうとしたが、当然ドロシーはティムの行動に腹を立て、ティムの服から飛び出た手首を掴んだ。
「ちょっと何するのよ!」
 腕を掴まれたティムの目が見開かれた。ドロシーがその異様な顔付きにギョッとして手を放したが、既にティムの頭の中には洪水の様にドロシーの記憶が流れ込んでいた。
 銃声が聴こえる。誰かの悲鳴が聴こえる。今、城に賊が侵入して来た。国が燃えている。国王と王妃が賊に殺された。兄が命尽きるまで戦い、魔力と体力を使い果たして倒れた。賊は居なくなった。しかし、他の皆も居なくなった…。
(違う)
 ティムは自分に言い聞かせた。ウィリアムズに賊は侵入してきていない。街は平和で、両親もまだ健在だ。それに、自分に兄等元から居ない…。
「ティモシー?」
 ドロシーがティムに直接触らない様に揺すりながら訊いた。ティムは少しずつ落ち着きを取り戻すと、ドロシーに水を求めた。ドロシーは机の上のカップを魔法で手元まで飛ばし、軽く叩いて水を生じた。ティムは宙に浮いているカップに手を伸ばすと、頭痛と吐き気が少しでもマシにならないかとちびちび飲んだ。
「すまない」
 飲み終わってドロシーにカップを返す時も、ドロシーの手には触れないように気を付けた。ティムは見えない筈の物が見えたり、聴こえない筈の音が聴こえたりするだけでは無かった。生き物に触れるとその者の心の中を覗く事が出来た。実際には、最後の能力だけは自分でコントロールする事が出来ず、触れれば否応無しに相手の記憶が流れ込んで来るのだった。
「言っておけば良かった。何か知らないが、私には魔力以外の特殊な力があるらしい。出来れば私に直接触れる事は避けてほしい」
 ドロシーは頷いた。ドロシーも、ティムが暗闇で物を読んでいたり、階下でしていた会話の内容を知っていたりしたので、何かあるとは感じていた。しかし、この能力はドロシーも予想していなかった。
(それで一切触ろうとしなかったのね…)
 ドロシーはカップを机に戻すと、ティムを寝かせて布団を掛け直してやった。自分も肩を震わせ、寒さから逃げる様に布団に潜る。
「それから、明日、ウィリアムズに帰ろうと思う」
 ドロシーはそう、とだけ答えた。ティムはこう付け加えた。
「足りない物があれば何でも言ってくれ。出来るだけ早く用意して此方へ送る。とりあえず、布団と薪を各家に配れるくらいは送るから、さすればほら、もう少し暖かくなるだろう」

「おい」
 年が明け、もうすぐフェリックスの誕生日だという頃に、突然ヴィクトーが自分の家にブルーナとアレックスを呼んだ。相変わらずティムからは何の連絡も無かった。
 ブルーナはヴィクトーの家まで行く足が無かったので、アレックスを電話で呼んで迎えに来てもらった。電話はアレックスが直接取ったので、フェリックスや両親に怪しまれずに済んだ。
「湿気た面してんじゃねーよおめーら」
 例の如くヴィクトーの昼食は美味しかったが、なんとなく気まずくて複雑な表情をしているアレックスとブルーナを、軽く拳骨で殴って言った。
「別れたんだろ? ブルーナはフェリックスと上手くいってるんだろ? 計画通りだし、何もかも上手くいってるじゃないか。別れたんなら今までの事は水に流す! 付き合ったり別れたりなんて、若いうちには良くある事だぜ?」
「良くある事って、じゃあ先輩は経験した事あるの?」
 アレックスの鋭い突っ込みにヴィクトーが言葉を詰まらせたが、直ぐにやり返す。
「ね、ねーけど、俺はお前らが別れて良かったと思ってるぞ。お前ら、秋は友達として仲良くやってたじゃん。もうそういう風には出来ないのか?」
 ヴィクトーはそれからズバズバと、二人が隠そうとしてきた事を明るみにした。
「第一、アレックス! お前は単に嫉妬でブルーナ取っただけだろ! それにブルーナも、フェリックスの事が好きな癖にアレックスと付き合うからこんな事になるんじゃねえか!」
 もうやってられない、という風にヴィクトーが大袈裟に頭を抱える。しかし、ヴィクトーがそう言ってくれたおかげで、帰る頃には二人の心は随分軽くなっていた。
「なんか全部ばれてたね」
 二人で同じ馬に乗りながら、アレックスが切り出した。行きの様な重苦しい雰囲気ではなかった。
「あの人もっと意地悪な感じがしてたけど、結構優しいのね」
 ブルーナがそう言うと、アレックスが尋ねた。
「意地悪そう?」
「なんとなくそう思ってただけ。偏見かな。それとも女の勘?」
 アレックスはそれには笑って答えた。
「兄貴の誕生日は何か考えてるの?」
「うん。ハンナとボイスとでサプライズでもやろうかと計画してる」
「計画ねえ」
 アレックスが溜息を吐いた。ウィリアムズでは雪こそ滅多に降らないものの、流石に冬になると吐く息が白くなる。
「ティムはどうした事やら」
「本当にそうね。私もうフェリックスに計画の事話しても良いんじゃないかって思いだしてるんだけど、ティムが慎重にって言ってたから、意見聞くまで切り出せなくて」
「俺もその方が良いと思う」
 ブルーナを送り届け、アレックスが自宅に戻ると、裏口に城の遣いが来ているのが見えた。
「兄貴!」
 受取った手紙を手に持って階段を上る兄を呼び止める。
「その手紙!」
 何も知らないフェリックスがシー、と口に指を当ててウィンクする。
「返事が遅いなと思ったら、やっと来た」
「ずっと返事、来てなかったの?」
 フェリックスに並んで階段を上りながら尋ねる。
「うん。十一月くらいから」
 アレックスはやはり、と思った。ティムが指示を出す為にふらふらと現れたり、差出人不明の手紙を届けなくなた頃と同じである。アレックスもフェリックスも、他の国民と同様、王子が行方不明になっているとは露程も知らなかった。
(兄貴に手紙を出したなら、そのうち俺達にも連絡が来る筈)
 アレックスは「やっぱトイレ行く」と言って踵を返し、階段を下りた。一階の廊下にある電話に飛び付き、今得た情報をヴィクトーとブルーナに伝えた。