第3章:脱走

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  • 2043字

「それで、まずどうするつもりだい?」
 城からの脱走は日常茶飯事のボク達は、手早く旅の準備を済ませるとバッチリ変装して城下町へと下りた。
「いきなりベリルを訪ねるつもりは無いわ。第一遠いのよ」
 数十年前の地図を書斎から失敬してきて調べた所、ベリル国があったのは東の国境付近。馬車でも数日かかる距離だが、生憎ボク達は徒歩なので、行くにはまず足の確保だ。
「今まで私が習ってきた歴史も全部嘘っていう事になるわ」
 地図を見た時ローズが苦々しく言った。ローズは読書や勉強は好きではない。書斎の本を自ら広げた事等無かったのだろう。ショール先生の言う事を鵜呑みにしていた訳だ。
 かく言う僕も歴史についてはサッパリだ。ボクはそういった科目の代わりに武術等を習っていた。必要以上に勉強する程勤勉でも無い。
「じゃ、何処へ?」
「カルセドニーに行きましょう。海なら、馬車を使えば今日中に着くし」
 ローズは長い髪を纏めて隠している帽子を被り直す振りをしてボクと目を合わせずに言った。
「許嫁の家に行って見付かったとしても、気になったから見に行ったんだって言えばどうにかなるでしょ」
 ボクは彼女に何て言えば良いのか解らなかった。だからそっとその手を取って、握り締めながら市場の近くの貸し馬車屋へと向かった。
「そういや、パライバに変な事を吹き込んだのは一体誰なんだろう。ほら、手紙の最後に書いてあった」
「スパイかしらね」
「何にせよボクはその人が一番怖いよ。どうしてこのタイミングでそんな事を言い出したのか、目的が判らないし…」
 人込みを掻き分ける様にして市場を進んでいると、ふと、水色の目をした男性と目が合った。
「わ」
 思わず声が出る程綺麗な色の目だった。しかし、驚いて瞬きをした隙に、彼の姿は見えなくなっていた。
「どうかしたのルチル?」
 ボクは首を振った。
「凄く綺麗な目をした人が居たんだ。見失っちゃったけど」
 貸し馬車屋にもうすぐ着くという時に、ボク達は人々がざわめき集まっている所に出くわした。
「泥棒よ! 捕まえて!」
 中年の女性の声が聞こえた。しかし犯人は武器を持っているらしく、市民は迂闊に近付けないばかりか、怯えて逃げようとした人々の群れに一筋の抜け道ができ、運悪くもそれはボク達の方へと開いていた。
「脇によけててローズ」
 ボクは荷物をローズに預けて彼女を道の脇に退避させると、コートの中に隠していた短剣を二本取り出して構え、向かって来る犯人と対峙した。
 犯人は痩せた男で、左手に女性から引ったくったと思われる小包を、右手にナイフを持って振り回していた。自分のよりも大きな武器を持つボクを見て怯んだが、群がる人々の所為で逃げる方向はこちらしかない。走る速度を緩めずに向かって来る。
「怪我をしたくなければ武器を捨てて止まりなさい!」
「そりゃこっちの台詞だぜチビ」
 ボクの剣と盗人のナイフが火花を散らす。力に押されて劣勢から始まったが、すぐに体勢を立て直すと相手の左手を剣の側面で叩いてまずは荷物を落とさせる。
「へん、なかなかやるなガキ」
 王族の護衛を舐めてもらっちゃ困る。
「だがこれならどうだ?」
 男が空いた手で服の中からボクの物よりも大きな刀を取り出すと、右のナイフよりも扱い慣れた風に反撃を開始した。
「くっ」
 こいつ、左利きだったのか…!
「ルチル!」
 あっという間に形勢は逆転し、ローズや見物人達が事の行く末を案じ始めた。あと数分粘れば警察が駆け付けるだろうが、果たしてそれまで頑張れるだろうか、自分も不安になってきたその時、
「どいてろ坊主」
背の高い黒髪の青年が、長剣を手にボク達の間に割り入った。
「怪我しない内に、さ、後は僕達に任せて」
 もう一人、ボクより少し年上風の少年がボクの肩に手を置いて、その優しげな見た目からは想像し難い強い力でそのままボクを民衆の中へ追いやると、黒髪の青年に助力しに行った。
 流石に、二対一では盗人に勝ち目は無かった。警官が到着した時には、完全に取り押さえられ、荷物は無事元の持ち主に返されていた。
「いやはや、別件に手を焼いていまして駆け付けるのが遅くなりまして…お二人には感謝致します」
 警官の一人が黒髪の青年と優しげな少年に礼を言った。ボクは民衆の中からローズを探し出して荷物を受け取ると、そそくさと退散しようとした。嫌な予感がする。
「いや、俺達が来る前はあの坊主が引き留めてたんすよ」
 黒髪の青年が人混みを掻き分けてその場を去ろうとしていたボクを指差した。警官とボクの視線がかちあう。
「あ、見付けた! 皆、王女様を見付けたぞ!」
「やっぱり別件ってボク達の捜索か」
「ルチルは世話焼きなんだからー。捕まったらあなたの所為よ」
「はいはい」
 王女という言葉に再びざわめく人々の間を縫う様に、ボクはローズの手を引いて走った。
「とうっ」「きゃっ」
 この街は山の斜面に建っているから坂や段差が多い。ある道の横の柵を越え、ボク達は一つ下の通りに建っている民家の屋根の上に跳び移って逃げた。

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