第1章:平和な国の平穏なある日の事

  • PG12
  • 2103字

 まあボクの異母姉はそのおてんばっぷりで王国中にその名を轟かせて居たのだけど、今日程彼女の行動力に驚かされた日はこれまでになかったよ。
「ルチル! ルチルは!? 居る!?」
 召使に綺麗に巻いてもらった、赤みがかった髪を振り乱しながら姉のローズがボクの部屋の扉を開けた時、ボクは休憩時間で、午後からの家庭教師の授業に備えて予習をしていた。
「何でしょうか姫様」
 ボクは形式上の丁寧な言葉遣いで尋ねると、やれやれと思いながら本を机に伏せ、部屋の入口で息を切らせているローズの方へ歩み寄る。今度は一体何の遊びや悪戯を思い付いたのだろうか。もう十七歳にもなるのだからそろそろ落ち着いて欲しいものだ。
 ボクの名前はルチル・クォーツ。物心付いた時から、この国キングダムガーデンのたった一人の王位継承者であるローズ・クォーツ王女の話し相手兼専属護衛として王宮に住んでいる。
 勿論、ただの子供じゃない事は、当たり前だろう。ボクは国王の隠し子、所謂庶子ってヤツなのだ。クォーツという名字は有り触れているから、今の所王様とローズと側近数人しか知らないみたいだけど。
 因みに、ローズの母親、王妃様はローズを産んだ時に、ローズの双子の妹と共に亡くなったそうだ。ボクが生まれたのはその一年後。そしてボクの母親もボクが赤ちゃんの時に亡くなった。王様何か呪われてるんじゃないの?
 それはともかく、そろそろローズの息が整ってきた様だ。
「で、何?」
 さっきとは打って変わってフランクな口調で再度尋ねた。もう十何年もの付き合いだし、互いに身分の差等は気にしていない。
「出掛ける準備をして! あと服を貸して」
「はぁ?」
 ボクが理由を問い質す隙を与えず、ローズは手早く部屋の鍵をかけると、フリルだらけのドレスの裾を揺らしながら隣のボクの寝室に急ぐ。
「一体何をするつもりなのさっ」
 ボクもショートブーツで居室のカーペットに足跡を付けながら彼女の後を追う。ローズはボクを待ってから、寝室の扉も厳重に鍵をかけた。窓も閉め切った。寝室にはまだ、ローズの寝室や居室へと繋がる扉がある。ローズはそれを指さして、
「誰も居ないか見て来て。それから全ての扉と窓の鍵をかけて」
 この暑い日に何のつもりか解らないが、下手に機嫌を損ねるとそれはそれで面倒な事になる性格の彼女なので、とりあえず、ボクはいつもの様にローズの指示に従った。
「かけてきたよ」
 ボクが部屋に戻るとローズは下着姿で勝手にボクのクローゼットを漁っていた。まったく、困った姫様だ。
「年頃の娘が…よりによって一国の王女が所構わず脱ぎ散らかすなよ…」
 ボクはローズのドレスを拾ってハンガーに掛け、腕を組み脚をクロスさせて壁にもたれた。
「所構わずじゃないわ、ルチルの寝室よ、窓も閉めてる」
「そりゃそうだけど…」
 服を掻き分け適当な衣装を探すローズの腕の間で、半分くらい顕わになった胸が揺れる。まったく体だけはいっちょ前なんだから…とボクは溜め息を吐く。
「これでどう?」
 クローゼットから白いシャツとネクタイ、動き易そうなズボン、防寒着にもならなさそうなチョッキを見付けたローズは、それらをベッドに一旦並べてボクにセンスを問うた。
「小間使いの男の子に見えるかしらね?」
「まあ服は良いけど、髪の毛はどうするの?」
「帽子も貸して」
 ボクは肩を竦めて、ハンガーの上に乗せていたベレー帽をフリスビーみたいに投げる。ローズはナイスキャッチでそれを受け取るといそいそと服を着始めた。
「どっかお忍びで行きたい所でもあるの? ショール先生が来るし夕方にしようよ」
「駄目っ!」
 チョッキのボタンを留めながらローズがキッとボクを睨み付けた。気が強い姫だが、何も怒らせる様な事をしていない内からそんな風に言われるのは珍しく、今日は虫の居所が悪いのだろうととりあえず機嫌を取ってみる事にした。
「何かあったの?」
「そうよ! 大変だわ、こんな事が民衆に知られれば…」
 言いながらローズは脱ぎ捨てたドレスをまさぐり始めた。出て来たのは、一通の手紙。
「読んで」
「誰から?」
「読めば判るわ」
 ボクは一度封の切られた封筒から便箋を取り出して黙読した。数行読んだ所で、一度ローズの顔を見た。
「信じるの、これ?」
 それは、死んだ筈の妹姫からの手紙だった。
「誰かがなりすましてるだけだよ。悪質な悪戯だ」
「これを見てもそう言える?」
 言ってローズはボクの手から封筒を取り、それをひっくり返して何かを手の平に落とした。
「何それ?」
 眉をひそめてローズの左手の白い物を見詰める。何かの布の切れ端だった。ローズが皺を伸ばすと、何か刺繍が施してある。
「私もこれと同じ物を着ていたわ」
 刺繍は王家の紋章を象っていた。
「これを縫えるのは王室付きの裁縫師だけよ。これ、王家の産着の一部だわ」
 ボクは唾を飲み込んだ。偽物かもしれないじゃないか、とは言えなかった。ボクも以前、ローズが大切に仕舞っている昔の服の中に、これと同じ生地で作られた産着があったのを覚えている。それはそれは高価な布で作られている。悪戯にしては随分金を掛けるではないか。
「さあ、手紙をもう一度良く読んで」

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