第39章:それでも貴方を

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 エリオットは今日は早番だったので、昼過ぎには自宅へと帰った。
 ヴィクトーが家を出て行って、今は部屋が急に広くなった様に感じられた。家事は昔からヴィクトーと分担してやっていたが、最近はなかなかする気力が起きず、脱衣所には洗濯物が溜まってきていた。
「もしもしローズバッド?」
 エリオットは昼食も食べずに、服だけ着替えると電話を掛けた。
「今から家来れる?」
 数十分後、エリオットと同い年くらいの女性がエリオットの家のチャイムを鳴らした。エリオットは彼女を家に招き入れると、一緒に昼食を作り始めた。
「トレイシーが突然呼び出されて不機嫌だったわよー」
 ローズバッドは先程ヴィクトーを共に見送ったトレイシーの姉だ。彼女もまた軍人であり、軍医をしている。
「そうか? 管理所では寧ろワクワクしてたけど」
「その後王様から休日出勤手当倍にするって言われて重い腰を上げた訳よ」
 ローズバッドもティムの計画の協力者だ。
「ヴィクトー君が居なくなって寂しいの?」
 出来上がった料理を食べていると、ふと、ローズバッドが尋ねた。図星を突かれてエリオットはどぎまぎする。彼女とはもう十年近い付き合いだが、これまで何度彼女の的確な指摘に舌を巻いたか解らない位だった。
「うーん、まあ、そう…」
「でも貴方も子離れしなくちゃね。ヴィクトー君ももう大人なんだし、いつまでも一緒には居られないわ」
 エリオットは無駄にスープをかき混ぜながら、どう切り出したものか考えた。
「えーと、あのさ、ヴィクトーの奴、お前に遠慮してさっさと家を出て行ったっぽくて…」
 ローズバッドは食べる手を止めてエリオットを見た。彼女の視線にエリオットが縮こまる。
 エリオットとローズバッドが婚約したのは、エリオットがヴィクトーを引き取る少し前の事だった。エリオットがヴィクトーを引き取る際に、両親に反対されて縁を切られたのと同様に、彼女も大きな子持ちとの結婚を反対されて、婚約は事実上凍結されてしまっていた。
「言っておくけど、私は全然気にして無いのよ?」
 ローズバッドはヴィクトーとも何回か顔を合わせた事があった。確かに、この歳にしては大き過ぎる子供だが、逆に手がかからないので彼女自身としては結婚や同居に関して文句は無かったのだ。ただ、ローズバッドの両親も、彼女が結婚するなら勘当すると言ってきた。彼女は新しい家族とこれまでの家族を天秤にかけた結果、エリオットを諦めざるを得なかったのだ。
「貴方はどうなの?」
 ローズバッドの口調が厳しくなった。
「ヴィクトー君が気にしてたから、私と結婚するの? それとも、それとは関係無く、今でも結婚したいの?」
 エリオットはその質問に答える事が出来なかった。無論、結婚したい動機はローズバッドを今でも愛しているからであったのだが、突如として襲ってきた激しい頭痛に、彼は自分の体を支える事すら出来なくなったのだった。
「エリオット!?」
 ローズバッドが床に崩れ落ちて呻くエリオットに駆け寄る。ローズバッドは外科医なので対処法が直ぐに思い浮かばずオロオロして何か言っていたが、エリオットには理解出来なかった。彼女がとりあえず救急車を呼ぼうと立ち上がった頃には痛みは和らぎ、自力で身を起こす事が出来た。
「大丈夫なの? 救急車呼ぶから病院へ…」
「いや、良い」
 今さっきまで呻いていた人間にしてはやけにはっきりと制止するので、電話まで走って行こうとしていたローズバッドは驚いて立ち止まった。
「…悪いが城まで行かないと」
 状況が飲み込めないローズバッドに留守番を頼み、エリオットは馬を駆って国の中心へと急いだ。
 城の前の広場では丁度ティムの謝罪の演説が行われていた。これから国は大混乱に陥るぞ、と思いながら、自分は国王への面会を申請する。通常は色々と理由を聞かれたりして面倒なのだが、エリオットは国王直々にヴィクトーの監視を言い渡されていた事もあり、ヴィクトー関連の事で面会したいと言うとほぼ無審査で国王に面会する事が出来た。
「やあやあ。どうしたのかな? 計画の事かい?」
「違います陛下。しかし、重要な事です」
 エリオットはまだ出来ていなかった覚悟をする為に、たっぷり二秒を使った。そして息を吸うと、自分の大切な物を一つ、失う為の…もしかしたら失わない為の…報告をした。
「どうやらヴィクトーが私に魔法を掛けていたようです。そしてついさっきそれが解けました」
「ふーん、やっぱり、フェリックス・テイラーが迷子になったのはヴィクトーの所為かな?」
 国王は顎に生やした髭を撫でながら少し考えて、エリオットにこう命令した。
「議会と軍があんまり言う事聞かないから、民主化するとなったら私とか大臣が集めた市民革命軍と大衝突しそうなんだよねー。フィッツジェラルド君には革命軍の指揮をお願いしたかったけど、しょうがないね。一人で行ける?」
 すなわち、ヴィクトーを単独で追い駆けろ、という事だった。追い駆けてヴィクトーを止めるチャンスをくれた事に、エリオットは深く感謝した。
「ありがとうございます!」
 エリオットは丁重にその場を辞すと、旅の準備をしてから家へと戻った。
 自分にかかった魔法は解けた。しかし、ヴィクトーはアレックスを連れて行った。アレックスに魔法をかけ、そのアレックスが誰かを、エドガーを殺す様な事があれば…エドガーに向けられた刃はエドガーと共にヴィクトーを斬り裂く事になる。
(どうか間に合ってくれ…)
 ヴィクトーの命を再び拾う為には、そうなるよりも早くヴィクトーを国に連れ戻すしか無かった。

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