第4章:異邦人

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  • 4610字

(此処でもまたハミゴか…)
 アレックスは混雑した食堂で独り昼食を摂っていた。同級生達は皆めいめいのグループで固まって食べていたが、アレックスはまたしてもそのグループに入り損ねた。
(高校ではどうにかなるかと思ったけど、人間そうすぐに変わる訳無いよな)
 此処で言う人間とはアレックス自身の事ではない。アレックスの周りの人間の事である。
 アレックスは昔から同学年の友達があまり出来なかった。主な原因は兄である。まず第一に、兄にくっついて遊ぶ事が多かったので、自分と同学年の子供よりも一つ年上の子供と遊ぶ機会が多かった。そして第二に、兄がアルビノだからである。
 アレックスとフェリックスは仲が良い。今でも買い物等で一緒に出歩く事がある。当然周囲の人間はフェリックスがアルビノだと知っている。アルビノは見た目が変だ。見た目が変だから中身も変かもしれない。そんな変な奴と一緒に居る奴も同じように変かもしれない。そんな愚かで単純な発想によってアレックスも兄同様周囲から奇異の目で見られたり敬遠される事が良くある。兄は持ち前の人の良さでそれらのネガティブイメージを中和しているが、アレックスはそこまで器用では無かった。
(うーん、でも、兄貴の中身が変って所は当たってるかもしれない…)
 フェリックスはどうしようもない魔法馬鹿だ。魔法が使えないという意味では無い。魔法に熱中し過ぎているのだ。ガリ勉とよく称されるが、どちらかというと魔法の研究は彼の趣味である。
「よっ」
 昼食のスープをスプーンで口に運ぼうとしていたら、昨日屋上で会った上級生に声を掛けられた。
「此処空いてる?」
 ヴィクトーがお盆を持った手でアレックスの向かい側の席を示す。
「はい」
 アレックスが答えると、上級生はテーブルに昼食を置いてから行儀良く椅子に腰掛けた。
「昨日はありがとうございました」
 礼を言うとヴィクトーはパンを千切って食べながら答える。
「どういたしまして。俺も一年時同じ事やったよ。同級生に置いて行かれてさ」
 アレックスはスプーンを動かす手を止めた。ヴィクトーがその視線と意図に気付いてわざと明るく言う。
「ああ、俺、どう見てもこの国の人間の顔して無いだろ? それで結構いじめられてさ…。今はそんな事無いけど」
(ま、それだけが浮いてた理由じゃないけどね)
と、ヴィクトーが内心思っている事に気付く筈も無いアレックスが尋ねた。
「最初はそんなでもいずれ仲良くなれますか?」
「うーん、君の態度次第じゃないかな? そういえば名前聞いてなかったね。俺は三年のヴィクトー・フィッツジェラルド」
「アレキサンダー・テイラーです。よろしくお願いします」
 ヴィクトーはフォークでサラダを突きながら頷いた。
「じゃあアレックスね。アレックスも置いて行かれた感じなの?」
「えーと、まあ、はい…」
 そこで今まで下を向いて話していたヴィクトーが顔を上げた。ブルーグレーの眼がアレックスを捉える。温厚な表情の下に獲物を狙うハイエナの様な狡猾さを垣間見た気がして、アレックスは一瞬背筋が凍ったが、次の瞬間にはヴィクトーの視線も柔らかな物になっていた。
「どうして? ずっとそうなの? あ、話したく無ければ良いけど…」
 アレックスは話そうかどうか少し躊躇った。先程から何故か周囲の視線を感じる。それらは主にヴィクトーの事を尊敬の眼差しで見つめる下級生達の物だったが、一部の生徒は一緒に居るアレックスの事を羨むように睨んでいた。しかし、見ているだけでは話の内容までは判らないだろう。読唇術を習うのは三年になってからだ。
「兄がアルビノなんです」
 ヴィクトーにはそれ以上の説明は不要だった。「そうか」と納得すると、昼食を綺麗に食べ終えて食器を置く。アレックスはとうに食べ終わっていた。
「まあ、何か困った事があったら俺に言えよ。自分で言うのもなんだけど俺結構顔が効くから」
「ありがとうございます」
 二人は食器をカウンターへ返すと、それから少し世間話をしてそれぞれの教室へ戻った。

(アレキサンダー・テイラーと知り合いになった)
 ヴィクトーは廊下を歩きながらニヤニヤ笑いが外に出ない様にするので必死だった。
(あいつの兄貴と近付くチャンスだ…結局、奴は俺の事を誰だか判ってないみたいだし)
 全ての授業が終わると、ヴィクトーは市場へと向かった。今日はヴィクトーが夕食を作る日だった。
 ヴィクトーはこの国の生まれでは無い。六年前まではこの国を守る城壁の外で暮らしてきた人間だ。しかし、六年前のある出来事がきっかけで、今の養父に引き取られた。養父はヴィクトーを引き取る際に家族から反対され、縁を切られてしまったので、今は北の城門に近い田舎で二人で暮らしている。
 一通り食材を買って家に帰り、夕食の支度をする。六年もやれば手慣れたもので、数少ない同級生の女子達と料理の腕を競い合っても負けない自信があった。実際、剣術学校に通う女子が趣味で料理をするとは思えないが。
「ただいま」
「おかえり」
 丁度料理が出来上がる頃に養父のエリオットが帰って来た。養父と言っても歳は十二しか離れていない。ヴィクトーを引き取ったが為にエリオットは結婚も出来ていなかったが、それをヴィクトーの責任にするつもりは毛頭無かった。
「おいお前、郵便ポストは帰ったらちゃんとチェックしろって言ってるだろ。お前宛てだぞ」
 料理を皿に盛り付け終わったヴィクトーにエリオットが封筒を差し出した。
「悪かったな。何処から?」
 ヴィクトーは学校では決してしない、乱暴な口調で尋ねた。
「それが書いてないんだ」
 椅子にだらしなく腰掛けて、エリオットから受け取った封筒をびりびりと破いて開ける。エリオットは特に気にせず夕食に手を付け始めた。
 ヴィクトーは中に入っていた高級そうな便箋を広げて読み始めた。そして内容に戦慄を覚える。
「…何処からなんだ?」
 ヴィクトーの様子がおかしい事に気付いたエリオットが顔を上げた。ヴィクトーは慌てて便箋を畳むと立ち上がった。
「何でも無い!」
 椅子を蹴飛ばしながら食卓を離れ、自分の部屋へと急ぐ。夕食が冷める事等どうでも良かった。
「なんだー? ラブレターか?」
 酒でも呑み始めたのか、ククク、と面白そうに笑うエリオットの声が聞こえる。それには答えずに、ヴィクトーはその手紙を丁寧に畳み直すと、机の鍵付きの引き出しの中に突っ込んでしっかりと鍵を掛けた。
(ラブレターか…例えとしては良いな)
 何故なら、それはヴィクトーがずっと期待していた内容だったからだ。

 翌朝、少し冷静さを取り戻したヴィクトーは、朝起きると引き出しから例の手紙を取り出した。良く考えると、この手紙に書いてある事は非現実的というか、鵜呑みにして舞い上がると危険な気がしてくる。
(おっと、こっちも忘れてた…)
 もう一枚、机の上に置いてあった進路希望の紙に気付いて鞄に入れると、顔を洗って朝食の準備に取り掛かった。
「おはよう」
 これまた丁度支度が出来た頃にエリオットが起きだしてきた。
「おはよう。今日は非番?」
 眠そうに欠伸をしながらエリオットが肯定する。エリオットは北の城門を守る衛兵だ。
「進路希望の紙は管理官で出すよ」
 ヴィクトーは勢い余ってハムエッグの上に胡椒を掛け過ぎてしまったが、今は気に留める事が出来ない位に緊張していた。エリオットに言わなければいけない事がある。
「お前の仕事だ。好きにしろよ」
 別に突き放す訳ではなく、優しくエリオットが言った。ヴィクトーは少しだけ本音を漏らした。
「そうする。…実を言うと衛兵になりたかったけど…」
 エリオットはヴィクトーに憐みの目を向けた。誰よりもその想いの強さを知っているのはエリオットだ。
「まあ、国の決めた事だから、しょうがない…」
 ヴィクトーもそれは納得していた。この国に居られるだけでも、学校に通えた事だけでも、幸せな事だと思わなくてないけない。
「あの…それでさ…」
 エリオットは無言で続きを促した。ヴィクトーは昨日手紙を読んでから様子が変だが、もう子供では無いと思っていたので余計な口出しはしないつもりでいた。
「その…卒業したらだけど…この家出ようかと思って…」
 エリオットは黙ったまま頷いた。しかし、一つだけ念押しをした。
「俺に家族と復縁して欲しいとか、俺が結婚するのに自分が邪魔だからとか言う理由じゃないな?」
 ヴィクトーは首を振った。半分本心で、半分嘘を吐いて。
「それもあるけど…」
(本当は別の目的の為に)
 エリオットはヴィクトーの心を見透かす事が出来ずに再び頷いた。
「わかった。お前も子供じゃないしな。管理官になれば城門付近に部屋を準備してくれると思うし、そうじゃなくてもお金に困ったら俺がどうにかしてやる」
 エリオットは決して給料が良い訳では無かった。特に生活に困窮してはいないが、贅沢を出来る程でもない。特に若い頃から(今でも若いが)ヴィクトーを育ててきたので、貯金や自分の贅沢は殆ど出来ていなかった。それでも資金を援助してくれるというエリオットにヴィクトーは心打たれた。
「ありがとう」
 その後は何となく会話が続かなかった。いつもはもっと冗談の言い合い等して二人にしては騒がしい食卓なのだが、今朝はいずれ来る別れの運命にどちらも苦しめられている様だった。
「あ、あとさ」
 エリオットが食べ終わった食器を片付けている背中に向かってようやく切り出した。
「ん?」
「今日仕事無いんだったら、馬貸してよ」
「良いけど、なんで?」
 学校までは歩いてもそう遠くない。実際、これまで馬で学校に行った事は一度も無い。
「ちょっと遠い本屋まで行きたいんだ」
 エリオットは詮索しない主義なので、そこまで言えばすんなりと納得してくれた。学校で宿題の続きをするから早く行く、と嘘を付いて、いつもよりかなり早い時間に家を出ると、ヴィクトーは南へ向かって馬を走らせた。昨日の手紙の指示通りに。
(本当か嘘か…)
 風に靡く長い前髪を片手で払いながら道を急ぐ。昼間はまだ暑いが、まだ陽が高くない内は風があればそれなりに涼しかった。
(行ってみりゃわかるさ…)
 もう一度前髪を払う振りをして、ヴィクトーは顔の前で手を止めた。まるで涙を隠す様に。
 今から起こる事に神経を集中しようとしたが無駄だった。涙腺という物は何処までも感情に忠実らしい。
 エリオットと別れなければいけない。
 その、出会った時から避けられない事は知っていたが、今まで避け続けてきた事実を改めて突き付けられた。ヴィクトーの十七年の人生の内、幸せだったと思える期間、歳を取って懐かしもうと思える時間は全てこの国に来てからの事だ。そして、その期間ずっと、ヴィクトーはエリオットと共に居た。また、エリオットが反対を押し切り、ヴィクトーを無理矢理引き取っていなければ、この国での生活は国外に居た時と同じく、陰気で後ろめたいものであっただろう。
 幼くして本当の家族を失ったヴィクトーにとって、エリオットは父であり、兄であり、先生であり、友人であった。
 いずれは離れて住まざるを得ないだろうから、せめて同じ仕事に就きたかった。同じ仕事が無理でもその近くで生活したかった。だから管理官を志望するのだ。
 しかし、もしこの手紙に書かれている事が事実なら、管理官の仕事も数年と経たないうちに諦めざるを得ないだろう。

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