第4章:禁忌

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  • 3244字

「ほら来たわよ」
「早く行きなよー」
 フェリックスはある日登校すると、クラスの一部の女子が自分を見ながらクスクスと笑っているので気になって仕方がなかった。
(…また何か陰口でも叩いてんのかな)
 そう思いながら自分の机で授業の準備をしていると、ジェシカと言うクラスで一番かしましい女子がフェリックスの肩を叩いた。
「あのねっ話があるから昼休み、校舎裏に来て」
 そう言うとさっきまで喋っていた友人達の所に駆け戻る。一体何なんだ、と思いつつも、フェリックスは言われた通り昼休みに校舎裏まで行ってみた。これで呼び出したのが男子ならまたリンチでもされるんじゃないかと思ったが、まあ、女子だし、リンチされるとなってもどうにか逃げ切れる自身はある。
 そんな心配を他所に、校舎裏で待ち構えていたのはジェシカ一人だった。
「…どうしたの一体。何のよ…」
「つっ付き合って下さい!」
 フェリックスは開いた口が塞がらなかった。
 これは世に言う告白と言うやつか。
「え…俺なんかで良ければ…」
 この時は純粋に嬉しかった。生まれて初めて告白された。十一歳の秋の事であった。

「フェリックス、フェリックスー!」
 最初に付き合ったジェシカは、中学に入学して直ぐに告白してくるくらいだから、かなり積極的だった。所謂おませさんだ。
 二人は同じクラスで、しょっちゅうジェシカがフェリックスにじゃれついていた。ボイスが違うクラスだった事もあり、フェリックスに友人らしい友人は居なかったので、とにかくこの時期は彼女と四六時中一緒だった。
 告白された当初は顔と名前しか知らなかったが、元来明るいジェシカを、自分を好きでいてくれる人間を敢えて嫌いになる理由はフェリックスに無かった。彼女がどうして自分に告白してきたのか、理由を気にする事も無かった。昔から、白くなければ綺麗な顔なのに、とは良く言われていたから、その白い部分に目を瞑って顔で選んだのだろうとは思っていたが、フェリックスに言わせれば美貌も才能の一つである。
 小学校では嫌がらせを受けない様、地味に大人しく生活していたが、こう彼女が周りではしゃいでいるとそうもいかない。しかし、皆新しい学校に入学したばかりで、他人への嫌がらせをする余裕は無く、この頃はまだ落ち着いた日々を過ごしていた。
 案の定、慣れてくると様々な問題が起こり始めた。
「テイラーって時たま体育の時間自習してるけど、何で? 元気そうじゃん」
 違う小学校から上がってきた生徒が、何気無い調子で言った。初日にフェリックスが説明した時に居なかったのだろう。初日のあの気まずい雰囲気を味わった生徒達は、これに関する話題をまるでタブーの様に扱って避けていたのに。
「陽射しに弱いんだ。特に目とか」
 これが全ての始まりだった。
「ふーん、何で?」
「有害な光を遮る色素が無いからだって」
「生まれつき、だよね?」
「…うん」
「あ、ごめん、気にしてた?」
「いや、大丈夫。知らなかったら解らないよね」
 これだけなら、特に何の問題にもならない。問題は、タブーだと思われていた質問に、フェリックスはやはり答えてくれるという事が周囲に認知された、つまり、タブーではない、とされてしまった事だった。
 中学生にもなると、教師の統制も効かなくなってくる。フェリックスは彼女持ちで運動神経も抜群、しかも先の試験の成績が貼り出された事で成績優秀である事も判っている。フェリックスの事を気に入らない生徒は少なくなかった。一部の生徒達が、これを出汁にして、フェリックスを虐めようと目論んだのだ。
 小学校の時から嫌がらせは受けていた。だがそれは物を隠されるとか、机に「バカ」と落書きされるとか、その程度の物。フェリックスの身体的コンプレックスを利用しない所で、これから受ける物とは本質も、また悪質さも大きく異なる物だった。

「テイラーって弟居るんだっけ? 弟も白いのか?」
 ある日、当番で一緒に黒板を拭いていた男子生徒が言った。
「いや、弟は普通だよ」
 話し掛けてきた相手が届かない高い所を拭きながら、フェリックスは無防備に応答する。
「家族でお前だけ?」
「うん」
「へーそりゃあ、気を遣われたりするんじゃないの?」
 フェリックスは彼が何を言わんとしているのか解らなかったので、怪訝な顔をして首を傾げるに留まったが、家に帰ってみると彼の言葉が頭を回る。
『気を遣われたりするんじゃないの?』
「フェリックスー、アレックスー、御飯よー」
「はいママ」
 母親が三階の廊下まで息子達を呼びに来た。隣の部屋から出て来たアレックスと目が合い、何となく、パッと視線を逸らしてしまう。
(アレキサンダー…か…)

 翌日、授業中に手紙が回ってきた。
「お前あそこも白いのか?」
 フェリックスは先生に告げ口しようか迷ったが、内容にかなりの苛立ちと屈辱を覚えたので、その場でそれをぐしゃぐしゃと丸め、休み時間に魔法で燃やした。
「フェリックス、帰ろー」
 放課後、何も知らないジェシカが言ったが、手紙の件でイライラしていた彼はつい八つ当たってしまう。
「ボイスと帰るから、今日は一人で帰って」
「えー昨日一緒に買い物するって言ってたのに、何それ!」
 フェリックスのつっけんどんな態度にジェシカは肩を怒らせて友人達と教室を出て行く。その様子を見て一部の男子がこっそり笑っていた。
「えぇ、マジぃ? 性格悪っ…」
 フェリックスから事の次第を聞いたボイスも怒りを隠せない。だが、彼等に対してどういう対応を取れば良いのかは判らなかった。単にフェリックスは質問されただけなので、下手に出れば神経質だの自意識過剰だのと別の理由でからかわれるだろうから。
 それから、クラスメイトの質問攻めは容赦無かった。よくもそこまでバリエーションを考えられるものだとフェリックスが呆れを通り越して感心する程だった。
 男子の間で始まったこの遊びはクラスの女子にも影響した。下手に仲良くしようとすれば男子から嫌がらせをされるとなれば、フェリックスの事を避ける女子も出てきた。ジェシカやその友人達とはあれきり疎遠になり、フェリックスはボイスのクラスに通い詰める様になった。
「あの白いの誰?」
 休み時間が終わり、自分の教室に戻るフェリックスを見送ってボイスが席に戻ろうとすると、マクドネルという頭の良い生徒が尋ねてきた。
「フェリックス・テイラーって言って俺のダチ」
「この前のテストで一番取ってた?」
 結果は廊下に貼り出されて、マクドネルは二番だった事を思い出して唇を噛む。
(小学校では全教科主席以外取った事無い俺より賢いなんて…)
 ところで、フェリックスが違う組の女子から告白されるまでそう長くはかからなかった。フェリックスは自分に好意を向ける者は一人残さず捕まえていたい気持ちになっていたから、彼女達の告白成功率は百パーセントだった。だが、そんな調子だったし、最初の彼女の影響で付き合いだしたらベッタリなので、「束縛が激しい」だの「何で私が居るのに別の子の告白受けるの」だのといった理由で振られ、あまり長続きはしなかった。
 そうする内に彼は気付いた。
「ねえ」
 その時の彼女は二つ上の先輩だった気がする。
「キスしようよ」
 彼女はそこそこ可愛かった。頭も馬鹿では無かった筈だ。優しかったし、フェリックスと付き合う前は何人かにアタックされていた様な、愛されるべき女の子。
「…良いよ」
 だけど、そうした所で、フェリックスは何の感慨も無かった。キスの快楽を覚えるには歳が若過ぎたのかもしれない。しかし、彼に真実を悟らせるには十分だった。
 自分はこの少女を愛してなどいないという事を。そして、彼女が居るからといって自分の心が満たされる訳でも、状況が改善する訳でもない事を。
 それ以来、フェリックスは告白は受けるし、求められたら応えるものの、自分からは彼女達を求めなくなってしまった。振られる理由が「冷たい」や「愛情が足りない」に変わるまで、そう時間はかからなかった。

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