第2章:テラ

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「あれは本当にテラなのでしょうか」
 パートナーの呟きに、俺は目線を上げた。俺はスペースシップのコックピットの椅子にだらしなく座り、操作パネルの上にスイッチに触らない様気を付けながら足を組んで乗せ、腕を組んで彼女と同じ事を考えていた。因みに、だらしなくとは言っても体を何処かに固定していなければ危ないから、腰のシートベルトは付けている。
「アイもそう思うか?」
「アルも疑問に思っていたのですね」
 俺は頷いたが、進路を変えようとは思わなかった。コックピットの大きな窓から、太陽の光を反射して小さく光る星を見詰める。あれはテラだ…テラの筈なんだが…。
「あの星から人間が発する電磁波が一切関知出来ないのは確かだ。だが、此処まで来るのに通過してきた星々は確かに太陽系の惑星や衛星だったし、宇宙地図の情報からしても俺達が居るのが太陽系である事は間違いない。とすると、あの星はテラ以外に有り得ない。まあ俺達が居ない間に別の天体を太陽が捕獲したってんなら別だけど」
「その可能性は低いと思われます。それに、元々のテラは何処に行ったのかという問題も浮上します。しかし私はあれをテラだと認識出来ません」
「あれがテラである確率とテラじゃない確率を比べると、前者の方が高いと俺は計算した。アイもあらゆる確率を計算すれば認識できる筈だ。第一、俺達がテラを離れて二百年も経ってるんだ。通信が途絶えてからは百五十年以上。重大な環境変化か何かがあったんだろう。何かは着陸してみないと判らないけどさ」
「そうでしょうか」
 俺はベルトを外して立ち上がると(この表現は無重力空間ではあまり正しくないが)、窓辺のアイへ近付き、彼女の肩に手を置いた。その左手の甲には茶色い文字で『AL3791-046』と刻まれていた。
「えらく心配するね。大丈夫だよ。このスペースシップはこれまでどんな環境にも耐えてきた。人間の努力の結晶が、そうそう容易く駄目になる事はないよ。俺達もね」
「そうではなくて、もし、テラにはもう人間が居ないのだとしたら、私達は探査結果や採取したサンプルをどうしたら良いのでしょう」
「その時はその時さ。二人で気ままに宇宙の旅を続けようぜ」
 言って彼女の目を見る。アイの青い瞳の奥で小さな光が蠢いていた。まだあれがテラと認識出来ずに思考しているのだな。途中で、ヒューマノイドである俺達には必要無いが、人間らしく見せる為に備え付けられた瞬き機能を使用した。
「アイ」
 名前を呼ばれて彼女が「はい」と返事をする。
「この話は三日前にもしたぞ。そっくりそのまま同じ文言でだ。記憶されていないのか?」
「そうでしたか? 私のメモリーには記録されていません」
「一旦記録されたが何かの拍子に消えちまったんだろ。お前はメモリーをよく壊すな」
 何度目かになる彼女のメモリーの交換作業をしようとして、もうスペアのメモリーが残っていない事を思い出した。彼女もその事は憶えていて、俺が気付いた直ぐ後で俺に忠告する。
「多分メモリーと読み取り機の相性が悪いんだ。読み取り機は下請け会社に作らせたんだろ? 俺の読み取り機なら何とかなるかもしれない。俺が早々に一個壊しちまって、AL社製のスペアが無いのが痛いなー」
「仕方がありませんね。テラへ還れば部品が交換出来るかもしれませんから、それまで様子を見ましょう」
「いや、俺の読み取り機と交換しよう。残ってる下請け会社のスペアは置いといて、今俺に入ってるALのをアイに入れて、アイに入ってるのを俺に入れよう。俺が中で解析してみる。プログラムを修正出来るかもしれないし」
「それでは二人同時に電源を落とさないといけません。誰が部品の交換をするのです?」
「メンテナンス室のアームに自動交換するプログラムをすれば良いさ」
「それでも危険です。どちらか必ず一方は電源を付けて、有事の際に対処出来る様にしておくべきです。テラへ着くまであと数日もありませんし、それまでどうにかなります」
 アイは何より、調査結果とサンプルをテラへ持ち帰る事が最も大事なのだ。
 俺はアイの肩から手を下ろすと、窓際を離れた。
「解ったよ。俺は充電タイムに入る。気を付けて航行してくれ」
「了解しました」
 操縦席に座ってシートベルトを締めるアイの金髪の後頭部をちらりと振り返り、俺はコックピットを後にした。溜息を吐きたい気分だが、ヒューマノイドの俺に呼吸は無いので無理である。
 アイは俺よりテラで待っている科学者の方が大切なのだ。
 いやそれよりも二百年の間に探査し蓄積した観測データの方が大事なのだ。
 俺はそんな物よりアイの方が大事である。
 俺は再びコックピットに戻った。アイの横に浮遊して彼女の瞳を見る。人間は真面目な話をする時によくこうする。
「やっぱり交換しよう」
「拒否します」
 アイにこう言われると手も足も出なかった。俺達二人の見解や決定が異なった時は、アイの判断が優先される様にプログラムされている。滅多になされないが、彼女の命令と拒否はこのスペースシップの中では絶対だ。
 だから俺は彼女に壊れてほしくないのだろうか? 彼女が壊れて暴走すれば危険だから?
 俺が思考し始めると、ふとアイが言った。
「アルはまるで人間そっくりですね。私は貴方を時々人間だと認識してしまいます」
 その言葉に俺は笑った。俺は元々、人間とのコミュニケーションを目的として開発されたヒューマノイドを原型にして造られている。人間の真似等お手の物だ。
「当たり前だろ。調査機能に特化してとりあえず人間の皮を被せただけのアイとは違うよ」
「見た目や行動の話ではありません。貴方の思考の論理がです」
 俺は笑うのを止めた。
「…まあ、テラに無事到着したら、種明かしをしてやるよ」

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