第2章:まだ陽は高い

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 ヴィクトーは学校の屋上で寝転がっていた。この建物の最上階には格技室があるが、それ以外の場所には部屋が無い為、一つ下の階の屋上には格技室の陰によって幾分か暑さがましな所があった。
 ヴィクトーの手に持った紙が風にはためく。進路希望調査、と上に大きく書かれたその紙を、彼は無表情で眺めていたが、やがて丁寧に折り畳んで制服のポケットに仕舞った。
 空を仰げば太陽が燦々と煌めいている。新学期が始まっても、この国の日差しが衰える事は無かった。まだあと一月以上はこの暑さが続き、十一月頃になると急激に冷え込む。ヴィクトーはどちらかと言えば寒い方が好きだったが、この国の夏はじめじめしていない分過ごしやすい方であった。
 遥か下の校庭からは同級生達が射撃の授業を受けている音がする。
 しかしヴィクトーはサボっている訳ではなかった。彼は鉄砲や弓、大砲等の飛び道具を使う授業には参加出来ない…正確には参加を禁止されている。逆に言えば、飛び道具を使わない事が、この剣術学校への入学条件だったのだ。
(くそったれ…)
 ヴィクトーは頭の中で、もはや口癖の様になった悪態を吐いた。
 射撃が出来なければ警察官や王族の近衛隊には成れない。大砲が使えなければ、国を囲う城壁の向こうに蔓延る賊から、国民を守る衛兵隊にも入れない。ヴィクトーに残された道は格闘家か、牢獄の看守、入出国管理官くらいしか無かった。
(最後のやつだ…)
 ヴィクトーは寝返りを打って右腕を枕にした。瞳を閉じて決心する。
(入出国管理官。俺のやりたい事をやるには、これしかない)
 彼の暗い銀色の髪から滴り落ちた汗が、異国情緒溢れる白い顔の上を流れていった。
(復讐だ。俺は世界を変えてやる)

(まずいまずいまずいまずいよこれ)
 アレックスは今年入学したばかりの剣術学校の建物の中で道に迷っていた。
「なんでこんなに複雑な構造してるんだよこの学校」
 それは戦闘訓練の為に、という事はアレックス自身も承知で敢えて言ってみたかっただけである。
 とりあえず、今は急がねばならなかった。始業のベルはとっくに鳴っていた。授業は最上階の格技室で行われるのだが、階段によって屋上に直通だったり屋根裏倉庫に出たりと、格技室に繋がる階段の場所が判らずにずっとうろうろしているのだ。
 剣術学校の授業は基本的に実技が多い上、既に授業も始まっているので廊下に人影は無い。助けを求めようにも今から一階の職員室へ行くしかないが、それなら虱潰しに階段を上って確かめる方が早そうだ。アレックスは一先ずすぐ目の前に合った階段を上ってみた。
(…眩しっ…)
 そこは格技室ではなく屋上だった。建物の中から急に外に出たので眩しくて目をパチパチさせていると、誰かが日陰に横たわっているのが判った。
「誰?」
 銀髪の少年が少し体を起して尋ねた。胸のバッジから三年生だと判る。サボりだろうかと訝しみつつも、格技室への道を聞くチャンスだとアレックスは喜んだ。
「一年生なんですが、格技室への階段の場所を教えて下さいませんか」
「惜しいね。この階段の隣の階段だよ。今上ってきた階段を下りて右」
「ありがとうございます! 助かります」
 応える代りにひらひらと手を振る上級生に背を向け、アレックスは階段を一つ飛ばしで駆け下りた。

 残されたヴィクトーはつまらなさそうに欠伸をした。
(あれは確かアレキサンダー・テイラー。兄貴がアルビノで有名だな。奴は使える)
 誰、と聞くまでも無かった。ヴィクトーは会う人全員の顔と名前を一瞬で記憶出来た。会わなくても写真で眺めるだけでもいい。アレキサンダーの事も、入学式の時に名前を呼ばれているのを遠くから傍目で見ただけである。
 兄がアルビノという話は噂で聞いた。アレキサンダー本人がアルビノでは無いにしろ、それで小学校や中等学校では大分いじめられたらしい。多分此処でもそうなるだろう。現に、さっき迷ってたのだって、クラスメートに置いて行かれたからに違いない。
(昔の俺みたいだな…)
 ヴィクトーは自分も同じ目に遭った日の事を思い出し、懐かしみながらも復讐の願いを心の中で強くしていった。

『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。