第16章:適合者

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「ねえ」
 ベリル城に身を寄せてから三日目、俺とサージェとルビィが部屋で今後の計画や襲撃された時の対策を練っていると、パライバが自身の仕事の合間に姿を見せた。
「ママが心配してるわ。兄さんだけでも此処に居るって伝えちゃ駄目?」
 パライバが「ママ」と呼ぶ場合は実母の方だ。
 サージェはたっぷり数十秒悩み、やがて椅子から立ち上がる。
「あんまり心配させておくのもなあ…でも王女が此処に居る事は隠しておきたいし、僕が一旦帰るよ」
「帰るの?」
 ルビィが心配そうな目で尋ねる。
「僕の方もちょっと聴きたい事があるし…『迷いの森』を抜ければすぐに行って帰って来れるよ」
 そして去り際に俺の肩を叩き、耳元で囁く。
「ローズ・パライバは勿論の事だけど、ルチルにも変な事したら兄貴が黙ってないからね~」
 こいつ…殴り飛ばしたかったがルビィ達の目があるので堪えた。
 サージェの代わりにパライバを作戦会議に加えて話していると、今度はルチルが現れた。
「あの…サージェ居る?」
「兄さんなら一度クォーツに帰る支度をしに行ったわ」
「帰るの?」
 ルチルがルビィと同じ顔をする。俺はその顔を直視出来ずに目を逸らした。
 例の事件以降、ルチルを見る度意識してしまって仕方が無い。そして今まで散々チビだの童顔だの陰で言っていた事を申し訳無く思う。女ならチビどころか背が高い方だし、可愛い方の部類だ。
 一方ルチルの方はえらくサージェに懐いていた。
「そっか…いや、特に用がある訳じゃ無いんだ」
 まあ(ルチルは知らないが)異母兄妹だし何処か惹かれる所があるんだろう。
「暇なら魔鏡の守り方について何か良い案考えてくれない?」
 パライバに手招きされてルチルが俺達が囲むテーブルに近付いてくる。
「姫様はどうした?」
 ふと気になって尋ねるとルチルは口を尖んがらせて答える。
「オニキスの傍よりずーーーっと安全な場所で本をお読みになっていらっしゃいます」
 あれ以来俺に対する態度はこんな感じだ。まあ、俺が全面的に悪いんだから、機会を見て謝らねばとは思っているのだが。
「書庫か」
 ローズは今まで不勉強だった分を必死で取り戻そうとしているらしい。
 俺達は話を作戦に戻した。
「今魔鏡は何処に?」
 ルチルの素朴な問いに、パライバが何やら服の中をごそごそやって、古びた鏡を取り出した。

「ちょっおまっそれ!」
「ま、仰々しい警備付けてるより私が持ってる方が場所が判りにくいと思って。私は誘拐される様な要素無いし」
 俺が言いたい事を汲み取ってしれっとパライバが言う。
「…これが魔鏡か…」
「じっくり見たい? ルチル古美術とか骨董品好きそうだしね」
 パライバの申し出にルチルは顔を輝かせる。差し出された鏡にルチルが手を触れると、突然その鏡の表面が光を帯びた。
「なっ何!?」
 ルチルを含め全員が驚いていた。俺はテーブルの反対側で立ち上がる。
「そういやお前もシャイニーの血を引いてたな。魔鏡が反応してるんだよ」
 しかし以前、カルセドニーに持ち回ってきた宝剣を自分が触った時は、何も起こらなかったが、と首を傾げる。
「…何か見えてきた」
 ルチルが鏡を見つめてそう言ったかと思いきや、続いてひっ、と息を飲む。
「クォーツ城が襲われてる!」

 出発前にローズの様子を見ておこうと思い、書庫の扉を開けた。
「ローズ?」
 彼女は三日三晩、殆どこの書庫に篭って史実を調べていた。自分の素性が判らない、その不安から。
「国民にはお祖父様と叔母様とお母様…ルチル様は別々の日に亡くなったと知らされているのね」
 僕に気付いたローズが本から顔を上げる。彼女はスカートを皺くちゃにし、床に座り込んで本を読み漁っていた。
「襲撃があった事は王宮の中の秘密にしているから」
 僕は彼女の隣に腰を下ろす。
「ローズ、ちゃんと寝てる?」
 目に隈を作った彼女の肩に手を回す。ローズは答えなかった。
「君の生まれがどうであれ、君はキングダムガーデンの王女様だよ。『ローズ・クォーツ』である事は、今更…元より変えられないんだ」
 ローズが僕を見て頷こうとした時、パライバの慌てた声が僕達を呼んでいる事に気付いた。
「兄さん! クォーツ城が!」
 書庫に飛び込んできたパライバに連れられ、急いで先程話していた部屋に戻る。
 部屋では三人がルチルの持っている鏡を食い入る様に見ていた。ルチルが顔を上げ、僕達を安心させる為に言う。
「ごめんパライバ、違うみたい。これ十七年前の襲撃の様子だ、多分」
「なあんだ…」
 一先ず現在進行形でクォーツ城が襲われている訳ではないらしく、僕達はほっとする。
 僕達も魔鏡を覗き込んだ。鏡の中では、誰か女の人が叫んでいる。音は聴こえてこない。
「この女の人の横にあるの、ローズ達の揺り篭だよね?」
 ルチルはローズが見易いように鏡の角度を変えた。ローズが頷く。
「じゃあこの女の人がローズの母上?」
「その人がアメジスト王女だよ。何処かで肖像画を見た事がある」
 僕が教えると二人がハッとして振り向く。
「…おい、画面に誰か増えた」
 鏡を見続けていたオニキスが知らせる。アメジスト王女の傍に、盗賊らしき人物が現れていた。
 王女が殺されるのではないかと思ったのか、ローズが顔を背ける。しかしルチルの言葉に彼女は再び鏡を見た。
「ローズ、この人!」
「え?」
「この人! 街で見た目の綺麗な人だよ!」
「何だって?」
 ルチルはその時の事を語ってくれた。僕達がルチルを助ける直前の事だ。
「『砂漠の薔薇』はとっくに接触してやがったのか…跡を付けられてなければ良いが…」
 オニキスがイライラと机を指で叩いた。付けられてただ今は機会を伺っているのだとしたら、非常に危ない状況だ。
「…見て」
 今度はローズが鏡を指差した。
 アメジスト王女がその男に、双子の赤ん坊の片方を渡していた。笑顔で。
「どういう事ですの…」
 男はそのまま何処かへ消えた。暫くして警察隊が駆け付け、王女を問い質し、納得のいく説明を受けられなかったからか、彼女を連行して行った。残されたローズが泣き始めた所で、画面が変わる。
「どうやらボクが知りたい場面を見せてくれるみたい。何時でも何処でもって訳じゃないけど、ヒントをくれそう」
 今度は襲撃があった後の事らしい。金髪の、お腹の膨らんだ女性が、レーザー王と話していた。
「これがルチル王妃だよ」
 僕が言うとルチルがその名を呟いた。
「襲撃で死んでなかったんだ…」
「だね。恐らくアメジスト王女も。…やっぱりルチルと似てるね」
 僕が目の前のルチルと鏡の中の王妃を見比べると、ローズが良く見ようと魔鏡に手を伸ばした。ルチルはローズが鏡をしっかり掴んだ事を確認すると、その手を離した。
 その瞬間、うっすらと光っていた鏡が輝きを失い、映っていた場面も見えなくなった。
「…どうして消えたのかしら」
 素直に謝るのは癪だが、少し申し訳なさそうにローズが言った。それにはオニキスがその鏡を取りながら答える。
「どうもシャイニーの血を引くだけじゃ、神器を使う資格にはならないみたいだぞ」
 オニキス・カルセドニーの手に渡っても魔鏡は輝かなかった。オニキスは次に僕に回してきたが、やっぱり光らない。どうしてオニキスが僕に渡したのだろうかと不思議そうな目でローズとルチルが見たので、僕は鏡を鑑定する振りをしてからパライバに返した。
「…って事は、連れ去られた姫の中にも神器が使えない人が居るかもね。この前の私の推測当たり?」
 パライバがルチルを突く。何の事かと尋ねたら「ガールズトークに口挟まないで」と怒られた。
「とりあえず、これってまずくね?」
 ルビィが自分の座っていた椅子に戻って言う。
「付けられてるかもしんないし、連れ去られるかもしんないじゃん」
「だからルチルを隠してたのかもな。シトリンにはその資格が無くて、いずれそれがバレた時に今度はルチルを攫いに来るだろうから」
「じゃあ何、シトリン姫はボクの身代わりに差し出されたの?」
「許せませんわ、叔母様と言えど敵に王女を差し出すなんて」
 二人がオニキスに噛み付いても仕方が無いと知りつつ怒りをあらわにするので、まあまあ、と僕が宥める。
「とにかく、僕は一度クォーツに帰るよ。ちょっと色々調べてくる」

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