第31章:青い瞳の姫の思う所

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『斬れる気がしないんだよ…』
 短剣を構えるブルーレース姫を見詰めるボクの頭の中は、オニキスのその言葉で一杯だった。
 拒絶されたオニキスが再度、彼女に語りかける。
「ブルーレース、お前はカルセドニー王家の姫なんだ。あんな得体の知れない盗賊と一緒に行動するな…」
「彼の事を悪く言わないで!」
 怒ったブルーレース姫がオニキスの言葉を遮り、威嚇する様に近くの枝葉を剣で叩き落とす。
「そんなに奴の事が好きか!?」
 今度はオニキスが怒鳴る。
「ちょっとオニキス…」
「身も心も盗賊になっちまったのかよ!?」
「オニキス落ち着いて…」
「落ち着けるかよ! 俺は…こんな奴の為にこれまでの人生犠牲にしてたんだ!」
 ボクが彼の腕に添えた手を払い飛ばし、最後はボクに向かって怒鳴った。思わず涙が浮かび、オニキスもボクの表情に我に返る。
「すまん…」
 足音がして振り返ると、ブルーレース姫が短剣を仕舞って何処かに駆け出していた。
「追おう」
「…ああ」
 めげずにボクが言うと、オニキスは頷いてボクの先を行った。
「『森』は何処に連れて行くつもりだ?」
 ブルーレース姫の事は直ぐに見失ってしまった。ボクの不安を感じ取ったのか、オニキスは言ってボクの腕を掴んだ。ピッタリと歩調を合わせて進んで行くと、やがて見覚えのある建造物が見えてきた。

「教育係…?」
『フフフ…いつもなら他の世界から呼ぶが、今回は皆忙しそうだな…。まあ一応「勤労の賢者」を呼んでおこう。そのうち来るだろうが、まあまずは…』
 「書物」の言葉に耳を傾けていると、使用人が城に訪問者が居る事を伝えに来た。
『入れてやれ。ターコイズだ。そなたが入れなくても私が使用人を操れるぞ』
「…此処までお連れして」
 使用人が去る背中を見送り、私は窓の外を、あの恐ろしい記憶の中の人物を見下ろした。

「…お前はあの時の」
 城の前には水色の瞳が美しい人物が待っていた。腰には剣を提げ、頭には馴染みのある王冠。
「王冠!」「宝剣!」
 ボクとオニキスは同時に叫んだ。
「「ターコイズ!!」」
「そう慌てるな。鏡も適合者も揃っていない。形勢は私に圧倒的に不利だ」
 ボク達が剣を抜いて構えても、ターコイズは対抗する気も見せず冷静に言った。
「『神器』と適合者は用が済んだら返してやる。それまで待て。私は世界を解放する為に此処まで来た」
 …言っている事は良く解らないけど、何だか想像していた人物とは違う。もっと乱暴で強引かと思っていたのに。
「…お前達も私の血を引いた子孫か…」
「え…?」
 流石に無抵抗の人物に刃を向けて神器を脅し取る事は出来ない。うっかりボクが触って適合者だとバレたら大変だし…と思い留まっていると、ターコイズは独り言の様に語り出した。
「不思議だな…この冠を被っていると、シャイニーの事を思い出す…」
 そう言って瞳を閉じた表情が、まるで誰かに恋をしている少年の様だった。
「シャイニーを思い出すって…どんだけ昔の人間なんだよ…」
「私はこの国が…シャイニーガーデンが発展するよりもずっと前から生きている。私とシャイニーの望みは、そんな人生に終わりを告げる事だった」
 そこまで彼が言った時、サファイア様の使用人が城壁の扉を開けに来た。
「いよいよ『書物』と対面か…『神器』は二つ…私だけでも使えるか…?」
 使用人に案内される最中も、ターコイズはそんな事をブツブツ言っていた。

「ああ…オニキス!」
 ターコイズと共にサファイア様の部屋に案内された。部屋に入るなり、サファイア様は心細そうにボク達に駆け寄って来る。
「…貴女は下がりなさい」
 サファイア様は震える声で使用人に言った。ボクはターコイズを振り返る。
 彼は宝剣に手をかけ、部屋の中央に置かれたテーブルの上の物体を睨みつけていた。

「これは…」
 私は大きな城を見上げていた。
 ターコイズを探していると、いつの間にか「森」を抜け、良く手入れされた庭園の前に来ていた。先程も少し見た、ベリル城だ。
「あ…居たわ…はあ…」
 背後から女性の疲れた声が聴こえた。見ればアメジスト王女が此方に急ぎ足でやって来る。
「ターコイズは?」
 私が冷たく言うと、王女は悪びれる様子も無く答える。
「逸れてしまったわ」
「…役立たず。此処で待ってて」
「どうして…?」
 甘える様に尋ねる彼女にイライラし、つっけんどんに答えた。
「ターコイズの作戦、忘れたの? 貴女が一緒に駆け込んだら明らかに不自然」
 言って私は彼女が掴もうとした腕を振りほどき、庭園へ駆け込む。
「助けて下さい!」
 城を警備していた兵隊に近付いた。
「カルセドニーのブルーレースです! 『砂漠の薔薇』から逃げて来たんです!」

「何だって?」
 夜明け前、洞窟へと向かうパライバを見送り、仮眠を取ろうとルビィに隊長代理を交替しようとしたら、ベリルの兵が厄介な情報を持って来た。
「ブルーレース姫が逃げて来た?」
 僕はどうしようか悩み、ややあって屋根裏へと急いだ。
「ん…あ、サージェナイト、交替しようか」
 眠っていたルビィが目を覚ます。僕は首を横に振ると、同じくうたた寝していたモルガナイト姫を起こして事情を説明した。
「ブルーレースが…多分ターコイズの罠だと思うけど、私も行くわ」
 やはり眠っているローズを起こさない様に、静かに僕等は階下へ移動する。
「ところで、シトリンは?」
「エメラルド様と一緒に居るって。パライバは彼女が落ち着いたから一回離れたんだ。今は洞窟に向かってる」
「『砂漠の薔薇』の? 危険だわ」
「まあ、パライバならなんとかやるよ。一人じゃないし」
 客間に行くと、髪の短い少女が兵に囲まれてソファーに座っていた。
「逃げてきたなんて嘘でしょブルーレース」
 背後のドアから入るなり、モルガナイト姫が詰め寄る。ブルーレース姫は振り返った。空色の瞳が僕達を睨む。
「だったら何? モルガナイトがそうやってドレスを着るのが大事な様に、私はターコイズの望むままに動く事が大切なの。知らなかった訳じゃないでしょ?」
「あのねえ…今はそんな話してんじゃなくて…」
 呆れたモルガナイト姫と僕は彼女の向かいに腰を下ろすと切り出した。
「とにかく、この城に攻め込むつもりなんだね? そっちは」
「そうよ」
 ツン、とブルーレース姫が答えた。
「それにしては変だね。僕ならもっと嘘を吐くよ。少なくとも正直に『逃げてきたなんて嘘』とは明かさない」
 ブルーレースはイライラした様子で僕の話を聞いていた。
「と、すると、君は単なる囮で、実は『砂漠の薔薇』の狙いは他にあってそちらに行ったか、君達の方で何か非常事態が起こって作戦どころじゃなくなった、或いは君が寝返った…っていう三パターンが考えられるんだけど、最後のじゃなさそうだね」
「だったら何? さっさと私を捕まえて拷問でもして吐かせたらどう?」
「一国の姫にそんな乱暴はしないよ」
 僕は笑いを堪えきれなかった。
「あは、ごめん、君は君のお兄さんそっくりだ」
 自分の意見は曲げないぞ、という振りをして、その実、心細そうにアドバイスを求めているその姿が。

 私は騒がしさに目を覚ました。見れば時計は明け方を指している。
「ルビィ?」
 呼んでみたけれど返事が無い。彼だけではなかった。ルチルも戻ってきていないし、モルガナイト姫も居ない。
 私は一つ心細さに震えて、そっと屋根裏を抜け出した。

『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。