Cosmos and Chaos
Eyecatch

第55章:悲恋物語

  • G
  • 5457字

 フェリックスの身の上話はこれまで食事の時等にせがまれて一通り話終わっていたので、話は自然と今後についての話題になった。
「フェリックスはこれからどうするの?」
 アンドリューが隣に座る双子達の手札からカードを引き、表を確認すると顔をしかめて自分の手札に入れた。
「…未定…」
 フェリックスもアンドリューと同じ様な顔で答える。ブルーナに会いたいとなると、ウィリアムズへ帰らなければならない。いや、もしかしたらウィリアムズにはもう居ないかもしれない。ティムはアルビノの移民計画を進めていた。となると何処に…?
 フェリックスは世界に自分だけ一人残された気分になったので、この事を考えるのを止めにした。いっそのこと、ブルーナの事も忘れてしまった方が良いのかも…。
「やる事と行く宛てが無いならサーカスに入れよ」
 言ってピエールがアンドリューの手札からカードを取る。同じ柄のカードを自分の手札から抜いて、揃えて場に投げた。
「それって素敵!」「是非そうしてよ」
 双子達が目を輝かせた。
 フェリックスは困惑した。オズワルドにも散々同じ事を言われてきたが、なんとなく首を縦に触れないでいた。このサーカスはあちらこちらの国を回って旅をしているが、と言ってもこの近辺の国だけで、そう遠くまで遠征する事は滅多に無いらしい。仕事も頼る当ても無く、多くの国ではまだ未成年とされる年齢のフェリックスにとって、オズワルドに後見人になって貰うのが一番手っ取り早く生活手段を得る方法ではあった。それでもやはり承諾出来なかったのは、フェリックスの内気で臆病な性格が、変化に富む生活に対応出来ないと無意識下で警鐘を鳴らしていたからだ。
「フェリックスの顔なら舞台に立ってるだけでも客が見込めるぜ」
 アンドリューが口笛を吹く。
「まあ、裏方でも大歓迎だけどよ」
 フェリックスの浮かない顔に気付いて、アンドリューが付け加える。ピエールもフェリックスの肩を軽く叩いて尋ねた。
「それともサーカス嫌? 何か夢があるとか?」
「嫌とかそんなんじゃないけど…まあ暫く考えさせて」
 フェリックスが微笑んで答えると、二人は心配そうな表情を引っ込めた。フェリックスは内心より一層焦っていた。
(夢…か…。そういえば俺の夢って何だったっけ?)
 フェリックスはその時、自分にやりたい事が無い事に気が付いた。ただ家に閉じ籠って、暇だったから本を読んで、興味を持ったから研究して、気付いたらエリートコースを歩んでたけど、学校を卒業したら何になるつもりだったのだろう? 新学期に貰った進路希望調査の手紙は、家宅捜索の時にも押収されずに、今もフェリックスの部屋の机の上に白紙のまま乗せられていた。
 そんなフェリックスに気付かず、ピエールは彼に手札を裏向きに差し出した。ピエールの手札はもう一枚しか残っていなかった。フェリックスが引けば一抜けだ。
「イェイ」
 空になった両手を挙げて喜ぶ動作をしながらも、彼(女)の目が伏せられ、表情が曇った事にフェリックスが気付かない訳が無かった。彼はピエールの真ん前からその顔を見ていたのだから。
 自分の悩みは棚に上げ、どうしたのだろうと思っていると、アンドリューが冷やかしついでに教えてくれた。
「次の公演はレベッカの凱旋・引退記念公演なんだ」
 そしてマーガレットがフェリックスの手札を抜きながら(彼女達は互いの手札を見ない様にする事が出来ないので二人で手札を共有していたが、たまたまフェリックスの左に彼女達は座っていたのだ)、そっと耳打ちする。
「ピエールはベッキーの事が好きなの!」
 なるほどそういう事か、とフェリックスは納得した。そして少し同情というか共感する。
「解ってるよ!」
 突然ピエールが大声を出したのでフェリックスはびっくりして手札を数枚指から滑らせた。しかし、今のは日常茶飯事らしい。ピエールは役者だから声が大きいのだ。
「姐さんは俺がサーカスに入った時にはハーキュリーズと婚約してた! 今でもそうだよ、ハーキュリーズが死んだからって姐さんは俺には靡かないよ!」
「君が気にしているのは歳の差か身長差か?」
「どっちもだ!」
 ピエールがアンドリューの問いにぶっきらぼうに答えると、隣の部屋からエドガーが「五月蝿い!」と、ピエールに負けない大声で怒鳴った。ピエールが落ち着き無く体を動かしながら、声のトーンを落として続ける。
「でも俺は見てるだけで良いんだ…俺と姐さんが愛し合ってる所は想像出来ないし、したくない。そんなの姐さんじゃない」
 ピエールは自分を宥める様に勝手に喋っていた。アンドリューと双子達は今やゲームそっちのけでピエールにもっと話させようとしていたので、フェリックスは口を挟まず聞き役に徹する事にした。それに、他人の色恋沙汰は総じて興味をそそる物である。
「でも辞めたら、辞めたら少なくとも数年は会えなくなる。俺は姐さんに歌を教えて貰えるだけで良いのに…」
 ピエールは感極まった様に言い切った。
「姐さんが辞めるから、その後釜に主人公を演[や]るなんて、そんなの望んでない!」
「でもわかんないよ」
 アンドリューが二本の指を蟹の鋏の様にかちかちさせながら言った。
「姐さんは結婚するから引退するって言ってたんだ。ハーキュリーズが…残念な事に亡くなった今となっては、引退する必要性は無い」
「確かにそうね」「あっもしかしたら引退取りやめ…?」
 双子達がアンドリューが言いたい事を汲み取って続きを引き受けた。
「まあ、そのうち本人か団長から発表があるだろ」
 ピエールがそろそろ本気で泣き出しそうだったので、アンドリューは話を切り上げてヴァイオレットの手札から一枚引いた。