第62章:流刑の一族

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  • 4555字

「エリオットの見送り行きたかったなー」
 またも部屋の隅で読書をしているフェリックスに、暇を持て余しているヴィクトーが言った。これまで中断していた分のチケットの払い戻しやら、振替公演の為のスケジュール調整やら、振替公演までホテルに滞在する人の為の宿泊費の負担やらでサーカスはてんてこ舞いしているらしいが、こいつはのんびりしていて良いのだろうかとヴィクトーは思ったものの口には出さないでおく。
「無理言うな」
 フェリックスが視線をずらさずに応える。
 結局、今回の事は誰もどの国からもお咎め無しと言う事になった。しかし、ヴィクトーがマーカスを殺した以上、その事実がラザフォードに流れれば次の報復が行われるかもしれない。ウィリアムズを含め各国に警戒を呼び掛ける必要があったが、その仕事はエリオットが帰ったらやってくれる筈だ。
『ウィリアムズも今バタバタしてるんだ』
 出発の前に見舞いに来たエリオットが心配そうな顔でヴィクトーを見ながら言った。
『一旦ウィリアムズに帰ったら仕事をちょっとかたさないと。でもそれが終わったらまた近く様子を見に来るから』
 ヴィクトーは頷いた。
『あんまり急がなくても良いぞ。ていうか、俺の心配よりウィリアムズの心配をした方が良い。コリンズの二の舞は嫌だろ?』
『ああ、まあな…。とにかくお前はゆっくり養生しろよ』
『言われなくても寝てる以外にやる事無いし。じゃあな』
 一方アレックスは挨拶に来なかった。ヴィクトーの部屋には大体いつもフェリックスが居るから、顔を合わせたくなかったのだろう。
「別に駄々こねてる訳じゃないだろ」
 フェリックスのぶっきらぼうな言い様に、ヴィクトーが口を尖らせる。フェリックスはめんどくさそうに二つ返事をして、今読み終わったばかりの本を閉じた。白目の部分が大分充血している。結局昨日も殆ど眠らなかったのだ。
「…サーカスの公演はいつ再開するんだ?」
 ヴィクトーが問うと、フェリックスは彼と話をする為に椅子をベッドに近付けた。
「明日だって」
「だからエドが来ないのか。思ってたより早く再開するんだな」
 ヴィクトーはこの愛想の悪い担当医よりも、弟と話す事を楽しみにしていたので、残念に思った。
「千秋楽のチケットを確保しといてくれよ。残ってる席で一番見やすい席を頼む」
「解ったよ」
 それから長い沈黙が流れた。二人とも暇だったが、彼等は仲良くお喋りする様な間柄ではなかったし、そんなに長く話していられる程の体力も気力も無かった。
「あんた死のうと思ってたの?」
 眼を閉じて眠っているのかと思っていたフェリックスが突如訊いた。
「手術中にエリオットさんが何か言ってた」
「…まあ、そうかな。でも本質的には違う。死ぬ事が手段の一つだっただけだ。折角助けてもらったんだし、もうあんな真似はしねーよ。失敗したらめちゃくちゃ痛いって判ったし」
 ヴィクトーは笑ったが、直ぐにその笑顔を引っ込めた。
「そういやお前も自殺未遂じゃないのか? アレックスが撃った時別の銃声が聞こえたぞ? お前劇場に一人でいた筈じゃんか」
 フェリックスはこれには答えなかった。ヴィクトーの問いを無視して、自分の質問に答えさせようとする。
「ラザフォードの話をしろよ」
 フェリックスはある推測をしていた。自分が憎むべきはラザフォードではないのだろうか。ウィリアムズの土地に差別が強く根付いたのは、歴史上のどの段階だ?
「人にもの頼む時はもっと礼儀正しく言うべきだな。一応俺の方が年上だぞ」
 ヴィクトーが不機嫌になったので、フェリックスは少し反省して言い改めた。
「ラザフォードとウィリアムズの歴史についてお話頂けますかフィッツジェラルドさん」
 フェリックスの紅い目に見下ろされ、その言い方にヴィクトーは益々機嫌を悪くした。
「「………」」
 短い睨み合いの後、ヴィクトーが口を開いた。
「ちっ…しゃあねえな…」
 フェリックスなら、やはり何か世の中を変えてくれるのではないかと思って。

 昔々北西の地に、科学と魔法がよく発展した豊かな国があった。
 ある日ある時、一人の呪文学者が、素晴らしい歌を作曲した。それは魔法が組み込まれた歌で、聴けばどんなに落ち込んでいる人でも元気にする事が出来た。街には活気が溢れ、争いや犯罪も少なくなった。人々は皆でその歌を覚えて、その学者は瞬く間に有名になった。
 その名をラルフ・ラザフォードと言った。

 しかし悪賢い男が居て、その歌の仕組みを利用して大罪を犯した。その歌は本質的には、他人の情緒や感情、そして行動をも制御しうる力を持っていたからだ。
 男は死刑になったが、民衆の怒りは収まらない。その大罪がどういうものであったか、詳しい事は伝えられていない。だが責任を押し付けられたラルフは、家族と共に国を追われた。彼の家は燃やされ、国民は彼の歌を魔法ごと忘れる事にした。ラザフォードの家を燃やす火の中に、国民は自らの魔法書を投げ入れた。その時に貴重なある物も失われた。彼が手掛けていた、彼の歌を無効化する呪文の研究記録だった。
 その国は…今ではエスティーズと呼ばれる土地は、魔法を使わずに科学技術のみで発展を遂げ、現在も指折りの大国として位置付けられている。

 ラルフは家族と森を彷徨う内、ある海沿いの集落まで辿り着いた。その村には肌の浅黒い人々が住んでいたが、学問の「が」の字も知らない様な原始的な生活をしていた。作物がろくに育たないその地では、飢饉が起こると時々弱った人間さえも食していたが、村人達は寄る辺の無いラルフ達に優しかったので、ラルフ達も村人達に恩返しをしようとした。
 ラルフは村人達よりずっと博識だったので、村人には対処出来なかった子供の病気を治したり、頑丈な建物を建てたり、育ちにくい野菜を栽培したりして、村人達に感謝され尊敬された。何十年か経って、村人達は城壁を作り、そこに国を作った。長には賢明で優しいラルフが選ばれた。ラザフォード王国の始まりだ。

「それから数百年、ラザフォード王朝は平穏に続いた」
 ヴィクトーは一句一句記憶の底から掬い上げる様にしていた言葉を切ると、フェリックスに点滴の速度を緩めるよう頼んだ。記憶に集中する為に閉じていた瞳を開き、切れ長の目で少しフェリックスの顔を窺う。
 いよいよ本題だ。それが解っているのか、フェリックスの瞳に緊張の色が滲んでいた。ヴィクトーは再び目を閉じ、深く息を吸って話を再開する。
「変化が起きたのは五百年程前の事だ」

 ラルフは彼の歌を歌う事を家族に禁じていた。あの悲劇を繰り返さない為に。
 しかし、苦心して完成させた研究を完全にこの世から消し去りたくはなかった。彼は歌の歌い方だけを書物に遺して逝った。その巻物は数百年もの間日の目を見なかったが、今から五百年程前にラザフォード王国の城の倉庫から発見された。
 この頃には大分ラザフォードの人間は狂っていた。ラザフォードは高貴な一族として敬われ、元々ウィリアムズの土地に住んでいた人間はラザフォードと交わる事を頑なに拒んだ。仕方無しにラザフォードはその一族同士で結婚したりしていたが、血が濃くなると精神異常等々が起きるという事が科学的統計的に判明した時にはとうに遅かった。ラザフォード王家ではその通りの事が起こっていた。
 そして彼の有名な暴君レナード王は、奴隷制度を始め、ラザフォード以外の人間…国民全員を奴隷化した。歌を歌われたら国民が対抗出来る訳が無い。また、奴隷の不満解消の為に更に低い階級が準備された。それが、アルビノやフリークス達の「食材」階級だった。

「俺の一族は、その後独学で魔法や戦術を研究して民衆を導いたウィリアムズ一族に再び国を追い出された。その後も何故か食人文化だけが国に残ったらしいけど、それは俺達一族が知る範疇じゃない。まあ歴史的に見れば、ラザフォードが持ち込んだ文化じゃなく元々その土地の文化だから当たり前かもしれないけど」
 ヴィクトーがフェリックスを見た。フェリックスは何も言わない。
「それから残念な事に、歌が再発見されてからの五百年、まだ誰も反対呪文の発明に成功していない。お前なら出来るんじゃないの、主席なんだろプライスの」
「簡単に言うなよ。ラザルス王の呪いも俺は自力じゃ解けなかったんだぞ」
 フェリックスが口の端を下げた。自分が出来ない事があると悔しい。
「元はと言えば書物に書き残したのが悪かったよな。魔法の解除呪文は元々研究途中だったのか、それともあったけど紛失したのか…残すんだったらそっちも残しとけっつーの」
「その書物は今何処に?」
「さあ。別に書類にしとく程の情報量でもないよ、歌の歌い方なんて。子供の俺でも覚えられたくらいなんだから」
 フェリックスも同意する。レナードが歌を再発見し、ラザフォード一族にそれを広めてしまった今となってはもう書類が残っていようがいまいが関係が無い。ラザフォード一族全員に、その歌を歌わないよう、そして他者へ歌い方を伝えない様に呼びかけるしかないが、そんな事に耳を貸す人間達ではない。これ以上彼等による犠牲者が増えない様に祈るしかなかった。
「レナード・ラザフォードか…」
 フェリックスは呟いた。暴君として歴史の教科書に載っている、奴隷制度…そしてウィリアムズの地が貧しく、食糧が充分に無かった時代から続く食人文化を利用した「食材階級」を作った、ラザフォード王国の破滅の王。一度流刑にされた一族を再び流刑に追い遣る原因となった男。
「一族はやたらラルフとレナードを敬っててさー、男子には必ずどっちかの名前を付けるんだよな。俺もせめてラルフが良かった。親父もエドもラルフだけど、俺の名前はマーカスが付けたらしいからなー」
 ヴィクトーの言葉にフェリックスは笑った。こいつも自分の名前に文句言ってやがる。
「…早くウィリアムズに帰りたい」
 ヴィクトーはそう言って眼を閉じた。フェリックスがその顔を眺める。鼻の高い色白の少年が穏やかに息をしていた。
 フェリックスは彼がごく自然にウィリアムズに帰ると言った事に複雑な心境を押し隠せず、病室を出た。ヴィクトーはもう、正真正銘のウィリアムズ国民だ。
 自分はどうだろう。国に帰る…確かに、そうとしか表現出来ないのだが、彼にはかなりの違和感があった。ウィリアムズの事を考えると、あの高い城壁ばかりが目に浮かんで、その中の風景や人々にまで思いが及ばなかった。
 フェリックスはホテルの自室に戻ると、ベッドに身を投げ出した。何故か色々と唐突に悟ってしまった。
 確かに、最初にアルビノを忌み嫌う様に仕向けたラザフォートは悪い。
 しかし同時に、フェリックス自身が世間を忌み嫌っていたのだ。あの天高く聳える城壁の様に、不透明で冷たい壁を自身の周りに配置する事で、彼は周囲と真の意味で交わる事は無かった。ずっとフェリックスがそうであったから、周りも彼を受け入れる事が無かった。彼を理解する事が出来なかった。だって、彼が彼自身を見せようとしなかったのだから。
(そういう事か…)
 この数日殆ど眠っていない頭がそろそろ悲鳴を上げていた。
(順番が逆だったんだな。いつの間にか)
 眼を閉じると、彼は久し振りに夢を見ない程の深い眠りに落ちた。

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