Cosmos and Chaos
Eyecatch

第71章:流刑の一族

  • G
  • 3364字

「エリオットの見送り行きたかったなー」
 またも部屋の隅で読書をしているフェリックスに、暇を持て余しているヴィクトーが言った。
「無理言うな」
 フェリックスが視線をずらさずに応える。警察の捜査が一段落すると、エリオットとアレックスはウィリアムズに帰る事にした。仕事や学校を出来れば長く休んでいたくなかったし、今回の事は誰もどの国からもお咎め無しと言う事になったからである。また、エリオットはラザルス王への様々な報告をしに行かなければならない。特にヴィクトーがマーカスを殺した以上、その事実がラザフォードに流れれば次の報復が行われるかもしれないので、ウィリアムズを含め各国に警戒を呼び掛ける必要があった。
「ウィリアムズも今バタバタしてるんだ」
 出発の前に見舞いに来たエリオットが心配そうな顔でヴィクトーを見ながら言った。
「一旦ウィリアムズに帰ったら仕事をちょっとかたさないと。でもそれが終わったらまた近く様子を見に来るから」
 ヴィクトーは頷いた。
「あんまり急がなくても良いぞ。ていうか、俺の心配よりウィリアムズの心配をした方が良い。コリンズの二の舞は嫌だろ?」
「ああ、まあな…。とにかくお前はゆっくり養生しろよ」
「言われなくても寝てる以外にやる事無いし。じゃあな」
 ヴィクトーは笑顔で彼を見送った。アレックスは挨拶に来なかった。ヴィクトーの部屋には大体いつもフェリックスが居るから、顔を合わせたくなかったのだろう。
 そしてフェリックスは、「ヴィクトーの治療があるから」等と尤もらしい口実で、マイルズに残る事を決めた。実際はこの病院の医師達は患者不足で暇を持て余しているから、フェリックスが此処に残る必要性は無かったのだが。
「別に駄々こねてる訳じゃないだろ」
 フェリックスのぶっきらぼうな言い様に、ヴィクトーが口を尖らせる。フェリックスはめんどくさそうに二つ返事をして、今読み終わったばかりの本を閉じた。白目の部分が大分充血している。結局昨日も殆ど眠らなかったのだ。
「…サーカスの公演はいつ再開するの?」
 ヴィクトーが問うと、フェリックスは彼と話をする為に椅子をベッドに近付けた。次の本をアンジェリークに借りるまで暇であるが、彼女は今、舞台の練習をしている。
「明日だって」
「だからエドが来ないのか」
 ヴィクトーはこの愛想の悪い担当医よりも、弟と話す事を楽しみにしていたので、残念に思った。
「千秋楽のチケットを確保しといてくれよ。お金は俺の鞄に入ってるから」
 フェリックスに頼むと、彼は承諾した。
「残ってる席で一番見やすい席を頼む」
「解ってるよ」
 それから長い沈黙が流れた。二人とも暇だったが、彼等は仲良くお喋りする様な間柄ではなかったし、そんなに長く話していられる程の体力も気力も無かった。
「あんた死のうと思ってたの?」
 眼を閉じて眠っているのかと思っていたフェリックスが突如訊いた。
「手術中にエリオットさんが何か言ってた」
「レナードとラルフの話?」
 フェリックスは眼を閉じたまま頷く。
「…まあ、そうかな。でも本質的には違う。死ぬ事が手段の一つだっただけだ。折角助けてもらったんだし、もうあんな真似はしねーよ。失敗したらめちゃくちゃ痛いって判ったし」
 ヴィクトーは笑ったが、直ぐにその笑顔を引っ込めた。
「そういやお前も自殺未遂じゃないのか? アレックスが撃った時別の銃声が聞こえたぞ? お前劇場に一人でいた筈じゃんか」
 フェリックスはこれには答えなかった。ヴィクトーの問いを無視して、自分の質問に答えさせようとする。
「ラザフォードの話をしろよ」
 フェリックスはある推測をしていた。自分が憎むべきはラザフォードではないのだろうか。自分が世界を憎む原因の更にその原因は、ラザフォードの歌では?
「人にもの頼む時はもっと礼儀正しく言うべきだな。一応俺の方が年上だぞ」
 ヴィクトーが不機嫌になったので、フェリックスは少し反省して言い改めた。
「ラザフォードとウィリアムズの歴史についてお話頂けますかフィッツジェラルドさん」
 ヴィクトーはその言い方に益々機嫌を悪くしながらも、自らの願いの為に彼にラザフォード一族の言い伝えを教える事にした。

「要約すると」
 フェリックスが欠伸を噛み殺しながら言った。
「ラザフォードの歌を発明したラルフ・ラザフォードは、当初は歌が犯罪に使われるとは想定していなかった」
 ヴィクトーが頷く。
「しかし悪用されて責任を取らされ、ラルフ一族は今のウィリアムズがある土地まで南下して来て、そこに国を作った。ラルフは歌を封印しようとしたけど、自分の発明を完全に世界から消すのは忍びなかったから書物に歌い方を遺した…」
「元はと言えばそれが悪かったよな。しかも歌の歌い方だけしか書かれてなかったらしい。魔法の解除呪文は元々研究途中だったのか、それともあったけど紛失したのか…。数百年前にレナード・ラザフォードがその書を城の倉庫から発見してから今日に至るまで、まだ誰も解除呪文を発明してないんだぜ」
「その書物は今何処に?」
「さあ。別に書類にしとく程の情報量でもないよ、歌の歌い方なんて。子供の俺でも覚えられたくらいなんだから」
 フェリックスも同意する。レナードが歌を再発見し、ラザフォード一族にそれを広めてしまった今となってはもう書類が残っていようがいまいが関係が無い。ラザフォード一族全員に、その歌を歌わないよう、そして他者へ歌い方を伝えない様に呼びかけるしかないが、そんな事に耳を貸す人間達ではない。これ以上彼等による犠牲者が増えない様に祈るしかなかった。
「レナード・ラザフォードか…」
 フェリックスは呟いた。暴君として歴史の教科書に載っている、奴隷制度…そしてウィリアムズの地が貧しく、食糧が充分に無かった時代から続く食人文化を利用した「食品階級」を作った、ラザフォード王国最後の王。一度流刑にされた一族を再び流刑に追い遣る原因となった男。
「一族はやたらラルフとレナードを敬っててさー、男子には必ずどっちかの名前を付けるんだよな。俺もせめてラルフが良かった。親父もエドもラルフだけど、俺の名前はマーカスが付けたらしいからなー」
 フェリックスはこれで納得した。エリオットが言っていた、「レナードではなくラルフだ」とはこの事だったのだ。ヴィクトーはラルフと同様、もうラザフォードの歌が歌われる事の無い世界を望んでいるのだ。
「声が出なくなる薬とかさーそんなのってある?」
 フェリックスは首を振った。
「そんなピンポイントで効能がある薬なんかあるか。一時的に声が出なくなる様にする薬草はあるけど、永久に出ない様にするとなると副作用の方が酷いかもしれないぞ」
「あーじゃあ良いや。俺が自分で歌わないようにしないといけないのか」
 マーカスに操られてあっさり歌ってしまった事を考えると、自信が無い。
「…早くウィリアムズに帰りたいな」
 ヴィクトーはそう言って眼を閉じた。交替でフェリックスが眼を開ける。鼻の高い色白の少年が穏やかに息をしていた。
 フェリックスは彼がごく自然にウィリアムズに帰ると言った事に複雑な心境を押し隠せず、病室を出た。ヴィクトーはもう、正真正銘のウィリアムズ国民だ。
 自分はどうだろう。国に帰る…確かに、そうとしか表現出来ないのだが、彼にはかなりの違和感があった。ウィリアムズの事を考えると、あの高い城壁ばかりが目に浮かんで、その中の風景や人々にまで思いが及ばなかった。
 フェリックスはホテルの自室に戻ると、ベッドに身を投げ出した。何故か色々と唐突に悟ってしまった。
 確かに、最初にアルビノを忌み嫌う様に仕向けたラザフォートは悪い。
 しかし同時に、フェリックス自身が世間を忌み嫌っていたのだ。あの天高く聳える城壁の様に、不透明で冷たい壁を自身の周りに配置する事で、彼は周囲と真の意味で交わる事は無かった。ずっとフェリックスがそうであったから、周りも彼を受け入れる事が無かった。彼を理解する事が出来なかった。だって、彼が彼自身を見せようとしなかったのだから。
(そういう事か…)
 この数日殆ど眠っていない頭がそろそろ悲鳴を上げていた。
(順番が逆だったんだな。いつの間にか)
 眼を閉じると、彼は久し振りに夢を見ない程の深い眠りに落ちた。