第49章:逃れられない罠

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  • 3367字

「何でこんな事に…」
 オズワルドに楽譜を押し付けられたフェリックスが仕方無くその場で歌ってみせると、今度はレベッカに声を気に入られてしまい、結局フェリックスが事故死したハーキュリーズの代役をする事になってしまった。
「ていうか明後日開演なのに無茶振り過ぎる…」
 通し稽古の後、レベッカによる歌のスパルタレッスンを受けたフェリックスは、再びアンドリューの部屋に居た。ぐったりした体でベッドにうつ伏せになっている。
「でも姐さんが他人の歌褒めるのなんて、滅多に無いんだよ?」
 今回はアンドリューの他にピエールとマイケルが部屋に居た。ピエールが頬を膨らませて拗ねる。
「俺も姐さんに手取り足取り教えてもらいたいー」
「お前は上手いからな。俺はベッキーのスパルタ稽古なんかもう二度と受けたくないぜ」
 アンドリューの言葉に立ちっぱなしのマイケルがうんうんと頷く。
「あの…やっぱり僕が…」
 マイケルは降板して申し訳無いと思っているのか、フェリックスの顔を覗き込む。
「うーん…」
 フェリックスは顔だけ横に向けてマイケルを見つめ返す。細身の少年は自信なげにもじもじと、それ以上の事を言わない。
「…とりあえず本番まで頑張ってみるよ。ダブルキャストとかなら、マイケルの負担も減るだろうし」
「やっていただけるんですか? ありがとうございます。僕が至らないばっかりに…」
「まあ、何か働かないと、俺もホテル代とかハーキマーさんに肩代わりしてもらってるしね」
 フェリックスが体を起こすと、部屋の扉を誰かがノックした。
「はあーい。ん、ディミトラ」
 ピエールが扉を開けると、レベッカと同じくらいの歳の、肌の浅黒い女性がメモを彼(女)に渡した。
「ありがとう、すぐ行くよ」
 ピエールはメモを読むとフェリックスに振り向く。ディミトラは終始無言で、用事が済んだので自室へと戻って行った。
「今度はダンスレッスンだってよフェリックス」
 ピエールの言葉にフェリックスがどんな顔をしたかは言うまでもない。

「よろしくてマリーちゃん、とても女性の仕種には見えませんわよ。さあ、フェリックスに腕を差し出す場面からやって下さいな」
 今度のコーチはアンネという、レベッカとオズワルドの丁度中間くらいの歳で、いつもフワフワしたピンクの扇子を顔の前に構えている、金髪の貴婦人だった。
 フェリックスは異界に迷い込んだ女性を連れ戻しに行く婚約者の役だが、ピエール扮する天使と一緒のシーンが多いので、一通り舞台での動きを教わった後、先程の食堂で実際に演技してみる事になった。
 演技にケチを付けられたピエールは口を尖らせつつも指示に従い、天使がヒーローの手を取って異界へと導く場面の動きをしてみせた。
「ああ駄目ですわ! そこはもっと優雅に柔らかく」
 言ってアンネは自ら手本を見せた。しかし、実は彼女には両手足が無いのである。それでも彼女は扇を魔法で動かす事によって、あたかも本物の腕が在るかの様に振る舞う事が出来た。
「こう?」
「そうです、素晴らしいわ」
 こうしてまたもやスパルタレッスンを受け、やれやれやっと解放されたと思ったら既に夕方だった。
「凄いよフェリックス! 君ホント才能ある!」
 微塵も疲れを顔に出さないピエールが褒めてくれた。その笑顔に不覚にもときめきつつ、そろそろ夕食の時間なので一旦部屋に戻った後またすぐに食堂に向かっていると、何処かに出掛けていたらしいレベッカが戻ってきた。
「姐さん、ハーキュリーズの実家に行ってきたの?」
 ピエールの問いに彼女は頷く。
 フェリックスは彼女の顔を見てある事を思い出した。
「そういえば拳銃、借りっぱなしですね。後でお返しします」
 フェリックスが言うと、レベッカは首を振った。
「あげるわよ。多分これから必要になるから。食事が済んだら少し外で撃ち方と弾の替え方を教えるわ」
 言って荷物を部屋に置きに戻った。
「…ハーキュリーズはこのサーカスの設立当初からのメンバーで、毎回、御両親は此処での講演を楽しみにして下さってたのに…残念だよ…」
 食堂にはまだ誰も来ていなかった。少し早かったか。フェリックスとピエールは適当な場所に座って話を続ける。
「…聴きたい事が二つあるんだけど」
「どうぞ。一つずつね」
「ハーキュリーズさんはどうして亡くなったの? 事故とは聞いたけど…」
 ピエールは背もたれに体を預け、長く息を吐いた。
「ハーキュリーズは空中ブランコ乗りでさ…ある時ブランコの金具の一つが壊れてブランコごと落下。本番中じゃなかったのが不幸中の幸い」
 フェリックスはその光景を想像して身震いする。
「慣れって怖いよ…事故防止対策は万全のつもりだったのに。今回俺がワイヤーアクションあるから正直ビビってる。もう一つの質問は?」
「どういう経緯でこのサーカスは作られたの?」
「それは…」
「レベッカの為だ」
 言いながらオズワルドが食堂に入ってきた。フェリックス達が座っているテーブルに着くと、続ける。
「その前に私がこの国に来た経緯を説明しよう」
「おっ、また話してくれるんですか?」
 ピエールが手を擦り合わせながら楽しそうに言った。どうやらオズワルドは面白可笑しく身の上話をする癖があるらしい。フェリックスも椅子に座り直すと、彼の話に耳を傾けた。

 ウィリアムズやマイルズよりもずっと北に、エスティーズ国という歴史の古い国がある。どのくらい古いかと言うと、ウィリアムズ国はエスティーズからやってきたラザフォード一族によって建国されたくらいである。エスティーズ近隣国は、ウィリアムズ国を含め、エスティーズ語を公用語にしている所が多い。
 エスティーズでは昔は魔法文明が栄えていたが、ある時から科学文明が栄え始めた。今では殆ど魔法には頼らずに暮らしている。
 最も発展している分野が医療だ。世界中の医師や学生達が、エスティーズ国の国際医師免許取得を目指して勉強している。
「実は私も持っているのだよ」
 オズワルドが胸ポケットから出したIDカードにフェリックスは目を丸くした。
「それならそうと早く言ってくださいよ」
 これまで散々ドヤ顔で薬草や魔法医学について語っていたのが恥ずかしい。
「いやいや、私の専門は免疫なのでね」
 免許証を戻すとオズワルドは続ける。
 オズワルドは大学を卒業して免許を取ると、そのまま大学病院に勤務する事になったらしい。
 そこで事件は起きた。
「私は勤めだしてすぐに両親を交通事故で亡くして…要は天涯孤独だったのだよ。当時は人と接するのも苦手でな、病院では研究対象の巨大蝙蝠が唯一の友人だった。友蝙蝠か」
 茶目っ気たっぷりに言うとピエールが吹き出す。
「ハーキマーさんが人と接するのが苦手って…全然想像が付きません」
「まあ、この免許を取る為に色々な物を犠牲にしてきたからな…俳優になりたかったんだが、両親に反対されるし、やっと医者になれたと思ったら、両親は呆気なく居なくなるわ、実際に人助けは出来ずに研究室に篭りっきりだわ…」
 オズワルドが胸ポケットをポンポンと叩く。
「だから人体実験をするには格好の人間だったわけだ、私は」
 オズワルドはある時薬を盛られて意識を失ったかと思うと、気が付いたら友蝙蝠の翼を背中に植え付けられていたのだという。
「他にも内臓やら入れ替えられているかもしれない。私の両目は元々緑色だが、片方だけオレンジ色になってしまったし。もしかして眼球ごと入れ替えられたかな?」
 オズワルドは冗談めかして言うが、フェリックスは身震いした。オズワルドが笑う。
「怖いかね、まあ、エスティーズの大学病院には足を踏み入れない事をお勧めするよ。さてここからは食事前にするには壮絶だ、食べてからにしよう」
 気付けば食堂に人が集まり、皿が並べられ始めていた。眼球入れ替えの時点でちょっと食欲が減退したフェリックスは、これから更に過激な内容が始まるのかと思ってげんなりする。
「あの、レベッカさんが俺に銃の使い方を教えるって…」
「あー、明日にしなさい。ベッキー、聴こえたか?」
 オズワルドが既に別のテーブルに着いていた彼女を振り返る。
「別に私はいつでも良いわよ」
「よしよし、では、続きは食事の後だ」
 フェリックスは代役を押し付けられた時と同様、逃れられない罠に嵌まってしまったような気がしていた。

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