Cosmos and Chaos
Eyecatch

第74章:旅人達

  • G
  • 4870字

「おーヴィクトー生きとったんかー」
 エリオットが車をウィリアムズ城の門の前に停めると、入出国管理所から眼鏡の男が出て来た。エリオットとヴィクトーにひらひらと手を振りながら近付いて来る。
「ようトレイシー。御蔭様でな」
「どうせお前が姉さん達の結婚式に出たいって言って駄々捏ねたんだろ?」
 トレイシーと呼ばれた管理官は四人に書類とペンを渡しながら言った。彼はローズバッドの弟である。
「トレイシーにまで見透かされてるぞお前の行動」
「そうですなー問題ですなー。もうちょっと大人になりませんと」
「どうせ子供ですよ叔父さん」
「十も歳離れてないのに叔父さんはやだなあ…」
「でも戸籍上は叔父さんになるよ」
 冗談を言いながら楽しく会話している三人の後ろで、フェリックスは緊張して震える手で書類を埋めた。
「じゃーまた結婚式でねー」
 手を振って車を見送るトレイシーを北門に置いて、車は街の中心部へと向かう。テイラー洋服店の前に車を停め、フェリックスの荷物を出していると、建物から誰かが飛び出して来た。
「フェリックス!」
 鞄を担ぎ上げようとしていた所に後ろから母親に飛び付かれ、フェリックスはバランスを崩して車のトランクに頭から突っ込む。続いてセーラも出てきてわんわん泣きながらフェリックスにしがみ付いた。
「良かったー坊ちゃん無事だったー」
 フェリックスは皆に心配をかけていた事を申し訳なく思った。まさかこんなに心配されてるとは思っていなかったのだ。
「お帰りフェリックス」
 フェリックスが二人を宥めながら漸く身を起こすと、父親とアレックスが店の玄関に立っていた。
「黒髪似合うね」
「坊ちゃんはマスターに似てハンサムですもの」
 父とセーラの褒め言葉に照れながら、フェリックスは皆の顔を改めて眺めた。自分にはこんなにも帰りを待ってくれている人がいた。
「心配掛けてごめん…ただいま」

「ふぇりっくすきゅーん!!」
 次の日、学校でフェリックスの姿を認めたボイスが彼に抱きつこうとすると、彼は長い脚でボイスを蹴飛ばしてそれを避けた。
「何すんの人が心配してたのに!」
「おお、一応心配してくれてたのか。それはありがとう」
「なんじゃそりゃ!」
 ボイス達が大騒ぎしているので、フェリックスが一ヶ月振りに学校に来た事は直ぐに知れ渡った。明らかに色めき立つ女子生徒や、苛立つ表情を隠そうともしない男子生徒の間をすり抜ける様にして四人は教室へと向かう。
「俺もうお前は帰って来ないもんだと思ってた」
「俺もそう思ってた」
 教室に着くと、フェリックスは自分の席が今何処にあるのか尋ねた。
「一番奥の後ろ。行方不明だったから隅に追いやられたぜ」
 フェリックスはクラス中の視線を浴びながらその席に近付くと、机の中に入れていた私物を鞄に押し込んで教室を出た。
「え? あれ? 授業受けないの?」
「今度は二、三年留守にするから」
 そしてフェリックスは職員室へと向かった。ブルーナが追い駆けようとするボイスとハンナを制止する。
「ブルーナぁ、どゆ事?」
「彼、退学する事にしたの」
 マイルズからの道中、そして昨日フェリックスの家で聞かされた、彼のやりたい事について彼女は語った。
「エスティーズの国際医師免許を取りたいんですって」
「え、じゃあエスティーズに行っちゃう訳?」
 ハンナが確認する。
「そういう事ね」
「また別れるの?」
 その問いにブルーナは無敵の笑顔を作った。
「物理的にはね」

「一応挨拶すべきかと思って来たんだけど忙しい?」
「見て判らんか?」
 ティムに面会しに城に行くと、とりあえずフェリックスは門前払いを食らったが、フェリックス・テイラーだと名乗ると十分程待たされた後、城の門が開いた。ティムの執務室まで案内してもらったものの、ティムは書類に埋もれる様にして仕事をしていた。
「あんたの計画は失敗したけど、あんたの親父さんの計画は万事上手く行ってる訳だ?」
「努力しているからな。父上はやる事はやったとばかりに毎日南の海が見える家で遊んでるよ。魔法の本とか書いて」
「ウィリアムズの魔法理論を解禁するのか?」
「そのつもりらしい。父上は魔法と政治以外に芸が無いからな」
 私もだが、とティムが付け加える。
「国の長になるのが私の長年の夢だったが、いざそれが叶ってみると『なんだこんなものか』と思ってしまう時がある」
 ティムは書類を繰る手を止め、フェリックスを見た。
「貴方の夢が叶う事を願うが、あまりその夢に期待を抱き過ぎない事を忠告しておこう」
「始めたばっかりなのにもう辞めたいの?」
 フェリックスの問いにティムが微笑んだ。
「かなり厄介だぞこの仕事。次の選挙で別の良い候補者が立ったら、私はコリンズに隠居しようかと思うくらいだ」
 フェリックスはティムに、彼の父親の本が出来たら自分に送ってくれるように約束を取り付け、城を辞した。
 空を見上げると、綺麗な秋晴れだった。ウィリアムズの十月はまだまだ暑い。
(出発は来週…それまでに準備と挨拶回りと、やる事やっとかないとな…)
 フェリックスもエリオットの結婚式に呼ばれたので、それには出席出来る様に出発までの日程を組んだ。
(ま、でも一番重荷だった事はもうやってしまったし、あとは買い物とかだけだからゆっくりできるか…)

「俺、エスティーズの医師免許取ろうと思うんだ」
 ドライヤーが無い(というかホテルに電気自体が通ってない)のでタオルでごしごしと髪を乾かしていると、部屋に戻って来たフェリックスが唐突に言った。
「またウィリアムズを出て行くの?」
「まあ両親と相談だけど…」
 言いながらフェリックスはマイルズの医師免許を見せた。ブルーナが丸い目を更に丸くする。
「この短い期間に色々あったんだ。殺されかけたり、殺されてるのを見たり、殺そうとしたり…」
 ブルーナは手を止め、フェリックスの話に聞き入った。
「助けてもらったり、助けなかったり、それから、助けたりもした」
 ブルーナは黙ってその続きを促した。
「俺さ、自分が嫌いだったんだ。自分も、周りの人も、皆皆嫌いだった。そのくせ嫌いだって言えないんだ。嫌われるのが嫌で」
「それが普通なんじゃないの?」
 ブルーナが口を挟んだ。
「大体、皆の事大好き! っていう方が変よ」
 フェリックスはその言葉に微笑みながら、続ける。
「とにかくさ、俺は皆に好かれてたら他はどうでも良かった訳。何にも生み出さない人形だった訳さ。でも」
 フェリックスは思い出した。ヴィクトーの心臓が止まった瞬間。そして、自分が呪いを解除して彼が息を吹き返した瞬間の事を。
「…私反対なんかしてないわよ」
 言葉に詰まったフェリックスにブルーナが言った。
「好きな事やればいいじゃない。私何年でも待つわよ」
「ちょっと待ってなんか先言われた気がする」
 フェリックスは額に手を当てた。ブルーナがハッと気付いた様に「あ、ごめん」と赤くなって謝る。
「今のナシ。どうぞ続けて」
「えっと…だから…その…」
 ペースが乱れてやりづらさが倍増したものの、フェリックスは彼女を手を掴んで言った。
「免許を取ったら必ず戻って来るから、それまで待ってて」
「はい」
「俺がウィリアムズに戻ったら結婚して」
「…はい」
 ブルーナはそこで耐えきれずにくすくす笑い出した。
「人が真面目にプロポーズしてるのにそれは無いでしょ」
「あはは、ごめんごめん」
 そして二人は見詰めあうとキスをした。これまで何回もしてきたが、まるで初めてした時の様な味がした。

「…そして、サラは無事に家に帰る事が出来ました。お家ではサラのお母さんが待っていて、戻って来たサラを抱き締めてくれました。めでたしめでたし」
「おにいちゃんこのほんもーよんでー」
「あーまた今度ねルークリシャ。おにいちゃんもう仕事に行かなきゃ」
 ヴィクトーは膝に乗っけていた小さな女の子を抱き上げると、彼女の母親が居るキッチンへと連れて行った。
「ローズバッドさん、俺仕事あるんで行って来ます」
「解ったわ。今日はありがとうヴィクトー君来てくれて」
「共働きは大変ですよねー。また何かあったら呼んで下さい。暇なら来ますから」
「おにいちゃんばいばーい」
「ばいばーい」
 ヴィクトーは紅葉の様な手を振って彼を見送る可愛い妹に手を振り返すと、徒歩で北門まで向かった。
「おっすー」
 ヴィクトーが挨拶すると、エリオットが暑そうにタオルで首を拭きながら返事をした。三年経っても北門の顔触れは大して変わっていなかった。
「ルークリシャ大人しくしてた?」
 ヴィクトーが管理所に入って担当を替わると、エリオットが管理所の窓を覗き込むようにして尋ねてきた。
「うん。日に日に可愛くなっていくねあの子は」
 ヴィクトーが大真面目に答えると、何故かエリオットに殴られた。
「娘は渡さんぞ!」
「いや、戸籍上俺はあの子の兄なんだけど…」
 第一、親子くらいも年が離れている少女(と言うか幼児)に興味は無い。エリオットの親馬鹿っぷりが最近心配になってきたこの頃である。
「…あれ?」
 ヴィクトーの帽子を取って髪をわしゃわしゃして遊んでいたエリオットが、出国希望者と思われる人影を見付けて驚いた。
「珍しいなこんな時期に…」
 エリオットが途中で言葉を飲み込む。ヴィクトーは手で髪の毛を整えて帽子を頭に載せ、窓から外を覗いた。
「お久し振りです先輩、エリオットさん」
 旅装束で、隣にケイティを従えたアレックスが立っていた。
「この度アンボワーズの格闘技連盟からお声がかかったので、ちょっくら行ってきまーす」
「おーおめでとー」
 出国手続きの紙を差し出しながらヴィクトーが祝いの言葉をかける。
「夢が叶ったんだな」
「これからですよ」
 少しばかり世間話をして、二人を見送る為にエリオットが門を開けようとした時だった。管理所の窓、国の外側に向かって開くようになっている窓が、誰かの手によって叩かれた。雨戸が閉まっている為誰が叩いたのかは分からない。
「あれ? 今日何か行商が来るとか言ってたっけ?」
 エリオットに開きかけた門を閉める様に指示する。もっとも、エリオットの方が経験が長いので、ヴィクトーが言う前から閉め始めていたが。
「ちょっと待ってて。誰か外に居るから確認してからでないと門を開けられないんだ」
 ヴィクトーは二人に断って、城壁の上に居る衛兵に電話をかけた。
「誰?」
「旅人っぽいですよ。馬一頭と一人です」
 その報告を受けてヴィクトーは管理所の窓を開け始めた。窓を開けた瞬間に向こうが銃撃して来る可能性も無きにしも非ずなので、この作業は毎回緊張する。
「入国したいんですけど」
 旅人はヴィクトーが窓を開けると、言われもしないのに身分証を差し出しながら言った。
「書類下さい」
 フェリックスが、エスティーズの医師免許証を手に持って立っていた。

「背中に蝙蝠の羽が生えてるのを期待してたのに!」
「そりゃ残念。ご覧の通り無事に帰って来ました」
 フェリックスを入国させると、ヴィクトーは仕事を忘れて彼と話し始めた。この暑い時期に国の外に出ようなんていう奇特な人間は少ないので、暇だから問題は無い。
 アレックスは三年振りの兄を前にして、無言でいた。三年前、結局二人は仲直りをしないままに別れた。
「行こうケイティ」
 アレックスはケイティを促したが、ケイティはアレックスの腕を掴んでそれを拒否した。
「このまま行くの? 私達何年この国を離れるか判ったもんじゃないのよ?」
「だったら尚更だ」
 アレックスは彼女を引きずる様にして開け放たれた門へと向かう。その背中に、フェリックスは呼びかけた。
「アレックス」
 流石に直接呼ばれておいて、無視する訳にはいかなかった。振り返ると兄が笑顔で此方を見ていた。子供の時に憧れていた、あの優しい兄の姿があった。
 フェリックスの想いを理解する為に、アレックスに言葉は必要無かった。今度こそ、アレックスは国を出た。エリオットがアレックスに手を振り、城門を閉める。
「大丈夫かなあいつ?」
 ヴィクトーの問いにフェリックスは頷いた。
「俺の弟だからね」