第28章:二人の罪人

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 フェリックスは刑務所の塔の最上階の独房のベッドに寝転がって、小さな窓から覗く空を見ていた。昨日と同じく綺麗な晴天だった。
 独房は狭く、石造りで、出入り口は鉄製の頑丈そうな扉一つだけだった。ちょうど顔の位置に格子が嵌っていて(フェリックスは背が高いので少し屈まなければならない)、少しだけだが通路や向かいの独房の様子が覗える。部屋にはベッドと、椅子と机が一つずつ、そして簡易トイレが備え付けられていた。机の上には小さなラジオが置かれていたが、フェリックスは聴く気になれなかった。世間ではフェリックス・テイラーの行った悪事について報道したり、評論家が勝手な議論をしたりしているに違いない…。
 換気の悪い部屋は暑かった。フェリックスはギンガムチェックの囚人服を、魔力を封じる手錠の掛けられた手で掴んでパタパタさせていた。とりあえず、暇である。
(っていうか、容疑者の段階では牢屋じゃなくって拘置所って所に入れられるんじゃなかったっけ…?)
 政治にはあまり興味が無いのでうろ覚えであるが、裁判を待つ身でこんな部屋に入れられるのは納得がいかなかった。
(せめて誰か髪の毛括る時くらい手錠を外させてくれ…)
 フェリックスは夏の間、時々ブルーナの家の前まで出掛ける他はずっと家に引き籠りっきりで、髪の毛を切りに行っていなかった。普段は後ろで一つに括り、白い雀のしっぽの様な髪型にしているのだが、手錠をしていると上手く括れないので、今はほったらかしにしていた。故に首元が暑くて仕方が無い。
(さっさと切りに行っときゃ良かった…)
 いつになれば此処を出られるのか見通しが立たなかったので、フェリックスはあれやこれやと後悔し始めた。
(あの薬も休みの間に使っておけば…)
 フェリックスは自作の媚薬が押収された場面を思い出し、腸が煮えくりかえった。媚薬を使えば、冤罪等ではなく[れっき]とした犯罪者となってしまうのは承知だが、要はバレなければ良いのである。
「おい」
 突然何処かから声が聞こえた。腹筋を使って起き上がり、ドアの格子越しに外を覗く。
 真向かいの独房から、皺だらけの黒い顔が覗いていた。
「フェリックス・テイラーか?」
「そうだけど、あんたは?」
「わしはジェームズ・ジェンキンス。幼女誘拐監禁殺害の罪で今日の午後死刑が執行される囚人よぉ」
 フェリックスはドキッとした。
(死刑が執行される? じゃあ此処は死刑囚用の独房なのか?)
「おめぇさん、男だったんじゃな。此処に連れて来られた時は、背のでけー女かと思ったぞ。別嬪だからよ」
「そりゃどうも。それより、此処って死刑囚用の牢屋なの?」
 ジェンキンスはへへへ、と笑った。
「あたりめぇじゃろ? おめぇも死刑囚じゃろうが」
 フェリックスは一瞬耳を疑った。
「…は?」
「おめぇさん自分の事なのに知らんのか? 若くても頭がイカレとる奴はおるんじゃのう…」
 やれやれ、と首を振って部屋の奥に引っ込もうとするジェンキンスを、フェリックスは慌てて呼び留めた。
「待ってくれ! 俺はまだ裁判もやってないんだ! それにどうして俺の名前を知ってるんだよ!?」
「なんでって」
 渋々戻って来たジェンキンスが教える。
「さっきラジオで言ってたからじゃ。王子暗殺未遂で逮捕されたフェリックス・テイラーに死刑判決が下ったとな」
 フェリックスはそれを聞くと、足の力が抜けた。覗き窓の格子にしがみ付き、なんとか立ち上がってジェンキンスに話しかける。
「ニュースで実名出してたの? 俺まだ未成年なのに?」
「なんじゃまだそんな歳か。てっきり二十歳は越えとると思ってたわい。ガキのくせに王家暗殺を企むとはやるのう」
 今度こそジェンキンスはクックックッと笑いながら部屋の奥へと消えた。フェリックスはよろよろとベッドに戻る。
(実名を出すなんて…)
 自分の名誉棄損でもあるが、それよりも気掛かりなのは両親の店の売り上げが落ちる事であった。きっと昨日の時点でも嫌がらせが酷かっただろうに。
(そんなに俺が憎いか? ティム…)
 暫くは報道の仕方に腹を立てていたが、暫くすると別の重要な事に思い当たった。今、ジェンキンスは自分に死刑判決が出たって言わなかったか?
「おい!」
 フェリックスはドアの格子をガタガタやってジェンキンスを呼んだ。この階には四つの独房があるが、そのうちの二つは空き部屋の様だった。ジェンキンスがのそのそと顔を出す。
「なんじゃい」
「判決が下ってから刑の執行までってどのくらい?」
 なんとかその間に逃げ出さなくてはならない。フェリックスは必死だった。
「なんじゃ? 死ぬのが怖いのか?」
 ジェンキンスがニタニタ笑った。
「当たり前だろ! っていうか、俺の場合冤罪だし!」
「自分で毒薬を持っておったんじゃろ? 動かぬ証拠がある癖によく言うな。それに死ぬのが怖いのはガキの証拠よ。まあ、質問に答えると、わしの場合は十日間じゃな。捕まったのはついこないだじゃ。この国は裁判ちゃちゃちゃーっと終わらせるしの」
「十日間…刑の執行方法は?」
 フェリックスは十日間で逃亡する方法を色々と画策しながら尋ねた。最悪、刑の執行時に隙を見て逃げ出す、という方法を取らざるを得ないかもしれない。
「犯した罪によってまちまちよぉ。わしは首を絞めて殺したから、絞首刑じゃ…。おめぇさんは毒殺かな…」
「…解った。ありがとう」
 フェリックスは今度は椅子に座って考え始めた。絞首刑やギロチン等なら執行場所まで移動する必要があるから、逃げ出す隙もあるかもしれない。しかし、毒殺となるとこの部屋で執行される可能性もある…。
(十日間でこの牢屋から逃げないと…)
 フェリックスは立ち上がって窓の下に立った。窓はフェリックスの頭よりも上にある上、小さ過ぎてどう見てもフェリックスの肩幅では通らない。第一あそこから抜け出した所で二十階建ての高さから下に真っ逆さまである。
(逃げないと…)
 フェリックスが焦る心で考えていると、向こうの方で重い扉が開く音がした。ドアの格子から覗くと、同じく音を聞き付けたジェンキンスが顔を出す。
「天国へのお迎えかな?」
「地獄への迎えだろ。死刑囚が天国なんかに行けるか」
 フフフッとジェンキンスは虚ろに笑って、独房が並ぶ通路の入り口を見た。フェリックスもそちらを向く。
「こりゃあ驚いた」
 ジェンキンスが可笑しそうにケタケタ笑った。フェリックスは逆に身構えた。
 見張りを魔法で眠らせ、鍵の束を奪ったティムが、紅い瞳でフェリックスを見つめ返していた。

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