第47章:追う者達

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  • 2783字

 椅子に座って仕事の手を休めていたティムは、閉じていた目を開けるとノックされた扉に向かって言った。
「入れ」
 爺が礼をして部屋に入ってくる。
「お疲れですな」
 爺の言葉にティムは苦笑する。
 今日は九月六日。フェリックスが行方不明になってから三日目、ティムの王制から民主制への移行革命の仕事からの疲労がピークに達していた。
 しかし、革命自体は非常に穏便に進行していた。ティムとその父親は、既に国王の統制力では手に負えなくなっていた、議会と衛兵隊の反乱を危惧していたので、元国王はその職を辞す前に、反乱因子のリーダー格であった将校の一人の些細な法律違反を見付けて糾弾し、その職を追った。それが国王としての最後と仕事となった。頭を失った彼等は、一時的にかもしれないが大人しくなり、国政の突然の転換は、十余万の国民、しかし政治については何も語る事が出来ない無知な市民達に、驚きを持って迎えられただけであった。そしてティムは誰からも反対される事無く初代首相となった。彼は今や国の長なのである。
「良いニュースですぞ殿…総理。フェリックス・テイラーの居場所が掴めました」
「何処だ?」
 ティムは身を乗り出した。
「マイルズ国です。先程電話が」
「周辺国にも捜索願いを出していて正解だったな。状況をもっと詳しく」
 ティムは羽ペンを手に取り手紙を書き始めた。書き終えると、自分の部屋の窓辺に立ち、王宮の…今は首相官邸の塔の上から国を見渡した。街は静かだった。いつもの平日の風景である。
 だが実際、揉め事が全く無かった訳ではない。ティムがやった事に対する彼への国民の不信感は否めない。この数日間で、一体幾つの爆弾や毒薬が城に送り付けられてきた事か。どれだけのデモ隊が結成されたか。それらは全て、その驚異が広がる前に処理された…ティムの透視能力は危険因子探査にも役立つのだ。
 ともあれ、この一連の二つの計画における犠牲者は、街中を走り回っていた時に心臓発作を起こしたジェンキンス老死刑囚だけに留まった。
 ともかく、フェリックスが見付かった事に少しはホッとしながら、ティムは机に戻ってくると手紙を指で叩いた。手紙は勝手に三枚に複写され、それぞれが折り畳まれて行儀良く封筒に収まった。ティムは封筒に蝋で封をすると、再度それらを叩く。手紙は姿を消すと、それぞれの宛先に向かって転送された。

 ブルーナは学校に行こうとして、見慣れた形の封筒が家のポストに入っている事に気付いた。慌ててそれを取ろうとし、指をポストの縁にぶつける。痛みに顔を顰めながら手紙を掴み、店の横の階段を駆け下りると、下ではハンナとボイスが彼女を待っていた。
 フェリックスが逮捕されて以来、それぞれの家の方向がバラバラなのにも係わらず、三人は一緒に登校していた。三人とも不安だったのだ。
 フェリックスの安否もだが、ティムが首相となった今、アルビノに対する世間の目は変化しつつある。しかしそれは自発的な物ではなく、状況からそうせざるを得ないのであり、ごく小さなコミュニティではより一層アルビノの立場が悪くなる可能性があった。
 と言うより、実際悪いのだ。暗殺未遂容疑で逮捕されたフェリックスが行方を眩ましている。ティムが己の罪を自供したが、彼等のどちらもアルビノである。本当の責任がどちらにあるにせよ、アルビノに対する不信感は否めない。既に別れているが、まだ学校が始まったばかりで未だフェリックスの恋人だと思われているブルーナへの風当たりが強くなるのも当然と言えば当然であった。
「その手紙何?」
 ブルーナの険しい顔付きを見て、挨拶もそこそこにハンナが尋ねた。
「ティムからだと思う」
「へーぇ!」
 ボイスが目を見開いた。ハンナも早く中を確認する様に急かすので、ブルーナは蝋印を引きちぎって中の便箋を取り出した。

「『フェリックス・テイラーの居場所が判明した。マイルズ国南門より当国に入国、例のサーカス団と共に行動している』…」
 アレックスは突如目の前に現れた手紙を読み上げた。近くの川で捕った朝食の魚を炙っていたマーカスが尋ねる。
「フェリックスって誰?」
「俺の兄貴で、捜してる相手」
 マーカスがアレックスの顔をじっと見詰め、ややあってぽん、と手を叩く。
「もしかしてアルビノだったりする?」
「何で知ってるの?」
「昨日襲ったアルビノにお前がそっくりな顔してるから」
 平然と答えるマーカスの胸倉をアレックスは掴んだ。
「お前兄貴に何かしたのか!?」
 マーカスは抵抗しなかった。代わりに、焦げた魚を食んでいたヴィクトーが、アレックスが昨晩投げ捨てた拳銃を見付けて拾い上げた。そしてアレックスの頭に拳銃の銃口の狙いを固定する。
「マーカスを離せ」
 アレックスはヴィクトーを睨んだ。
 ラザフォードの歌は記憶を操る魔法ではない。何が悪でどれが善か、何をするべきで何をしてはいけないか、判断力を狂わせるのである。だからアレックスは鮮明に覚えていた。昨夜の自分に銃を向けた時の、ヴィクトーのあの苦しげな顔を。
 ところがどうだ、今のヴィクトーは息一つ乱さず、その狙いは髪の毛一本程もぶれない。彼の無表情と昨夜の顔とを頭の中で見比べ、アレックスは尚もマーカスへの追及を続けた。のだが…
「わああああああ!」
 途中で彼はマーカスから手を離し、自分の頭を抱えて地面に転がる。
「苦しいのが嫌なら逆らわない事だ」
 マーカスは乱れた民族衣装の襟元を正し、調理を再開した。ヴィクトーも拳銃をベルトに挟んで魚の残りを頬張る。
「リオにもしっかり魔法が掛かってるみたいだし」
 そう言って彼はヴィクトーの後ろに回って肩を抱く。
 アレックスはマーカスを睨みながら体を起こした。
「解ったよ…ところで兄貴の話」
「ああ、途中で邪魔が入って取り逃がした。多分無事なんだろ、そんな手紙が来るって事は」
「まあ確かに…」
「それにだな…」
「マーカス、焼けた」
 マーカスはヴィクトーが差し出した、串に刺さって良く焼けた魚を手で受け取る代わりにパクリと食べた。一口目を食べ終わると、遮られた続きを口にする。
「俺はその邪魔した奴に用がある。マイルズに行くぞ!」

 エリオットは軍の車の中でティムからの手紙を受け取った。
「おわわわわわわ!」
 というか、運転していたらいきなり目の前に現れたので、視界を遮られて危うく道の案内表示の杭に突っ込むところだった。
(殿下…じゃなかった総理め…もう少し出現場所を考えろよ…)
「げ、マイルズ国」
 エリオットはヴィクトーを捜している内に、大分西の砂漠の方まで来ていた。ラザフォードの活動範囲がウィリアムズから北西に向かって広がっているからこの方角へ来たのだが、良く考えれば軽装備のフェリックスが砂漠を越えられる筈がない。
(ヴィクトー達もこの情報は得ているだろうし、とりあえず行ってみるか…)

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