第26章:真犯人は誰だ

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 王子が何者かに暗殺されかけたというニュースは、午後には国中に広がっていた。王子がアルビノだというニュースよりも、広がり方が早かったのではないかと、アレックスは出窓に腰掛けて裏庭を見ながら思った。
 フェリックスが裏庭で色々な植物の葉や茎や根等を採取していた。ティムが盛られた毒の解毒剤を作ろうとしているらしい。
(兄貴がやらなくたって王室付きの奴等がやるよ…)
 アレックスは何となく、王子暗殺未遂事件の真相を予想出来ていた。間違っている気はしなかった。現に、ティムは命を取り留めた事も、風の噂で伝わってきていた。
(ほら来た)
 道の向こうから、警察隊が歩いて来るのが見えたので、アレックスは出窓から飛び降りて裏庭へと急いだ。しかし、アレックスが庭に出た時には、既にフェリックスが警察隊に声を掛けられていた。
「フェリックス・ロイ・テイラーか?」
 変なとげとげした葉っぱを摘み取っていたフェリックスは、怪訝そうに答えた。
「そうですけど…何か…?」
「お前に逮捕状が出ている」
 フェリックスは一瞬キョトンとした後、眉根を寄せてオウム返しした。
「逮捕状?」
「お昼頃、ティモシー殿下が何者かに毒殺されかけた。その時食べていた物は、お前が送ったウィスキーボンボンだった」
 アレックスは家の中に両親を呼びに戻った。今日は店も休みなので、父親なんかは寝室でパジャマ姿のままごろごろしていたが、アレックスが状況を伝えると二人とも裏庭へとすっ飛んで来た。
「そんな! 俺はティムを毒殺しようだなんて…」
「此方には証拠がある。お前の送ったお菓子から毒が検出されているんだ。部屋を捜索させてもらう」
 そう言うと警察隊は、アレックスや両親を押しのけて家に入った。
「部屋を案内しろ」
 フェリックスは抗い様が無かった。警察隊の先頭に立って三階へと上る。
(やられた…)
 フェリックスはティムを恨んだ。俺にポイゾナフラーを送って来たのは、これが目的だったのか。
「棚を開けろ」
 硝子戸の内側にポイゾナフラーの毒を確認した警察隊が言った。フェリックスは大人しく棚の魔法を解く。警察隊の部下達が手早く棚の中の薬品類を押収して行った。
「他に薬物、毒物等持っていたら、今の内に全部出すんだな」
 頭に拳銃を向けて脅され、フェリックスはポイゾナフラーの種を机から取り出した。
「どうやって手に入れた?」
「王子が誕生日プレゼントにくれたんですよ」
「それを王子の誕生日に返品したという訳か」
 警察隊の何人かがへらへらと笑った。フェリックスは怒りの目を一番偉そうな警察官に向けていたが、相手は全く動じていなかった。
「これで全部か?」
 フェリックスは答えなかった。ポイゾナフラーの株は既に枯れ、植木鉢には何も入っていない。ただ、いつも肌身離さず持ち歩いている、あれだけは手放したくなかった。
「全部か?」
 警察がフェリックスのこめかみに拳銃を押しつけた。
 ティムの指示で連行しに来ているなら此処で殺される事は無いだろう…と思いつつも、こんな事をする人間なら、もしかするとやりかねないと思い直し、結局フェリックスはズボンのポケットに手を伸ばして、薄い桃色の液体の入った瓶を警察に渡した。
「これは何だ?」
「…媚薬ですよ」
 フェリックスは後ろ手に手錠を掛けられながら言った。魔法を使えなくする手錠だ。最初から解っていたが、もう逃げる事は不可能に思われた。
「良いか坊主」
 フェリックスは再び背中に銃を突き付けられながら、階段を下りた。
「この国では『媚薬』じゃなくて『媚毒』だぞ」
 フェリックスはイライラして答えた。
「知ってます」
 フェリックスの反抗的な態度に腹を立てた警察が背中を銃で押したので、フェリックスは危うく階段を転げ落ちそうになった。
「包みを調べれば判るだろう!? メーカーのロゴのシールで封をされていた筈だ!」
「当てになりませんよ、シールなんて」
 階下では父親が珍しく興奮し、大声で警官と言い争っていた。アレックスと母親は真っ蒼になって口も利けないでいる。
「彼の部屋から毒薬が見付かりましたよ」
 警察隊の隊長が此れ見よがしに言って、フェリックスの手錠を両親に見せた。
「心配しないでママ」
 横を通り過ぎる時にフェリックスは訴えた。
「俺はやってないから」
 フェリックスはそのまま歩いて城まで連れて行かれる事になった。馬車で行くほどの距離でも無いが、もう少し容疑者のプライバシーに配慮してほしいものである。
(俺をどうする気だよティム…)
 そびえ立つ城の塔を睨みながら、フェリックスは警察に囲まれて歩き続けた。

 イブニングのニュース番組では、既に王子を暗殺しようとした犯人が捕まった事が報道されていた。
『…えー犯人は北区に住む男性で、連行される現場を目撃した住民の話によると、アルビノの学生風の人物だったという事です…』
 フェリックスは未成年なので、実名こそ報道されはしないが、北区に住むアルビノと言えば二人しかいない。しかも、アレックスが見付けだしたもう一人は、まだ学校にも上がっていない様な子供で、髪の毛を染めていたのだ。ニュースは容疑者の名前を公表しているに等しかった。
「奥さん! 奥さん!」
 誰かが店の扉を叩いているのが小さく聞こえた。恐らく従業員達がニュースを聞いて集まって来たのだろう。両親はアレックスに電話番を頼むと、店の扉を開けに家を出て行った。
「奥さん!」
 長い髪を後ろでお団子にした、一番若いセーラが涙目で言った。年配のローラやカーラも心配そうな目をしている。
「私、坊ちゃんが王子様を殺そうとしたなんて、信じられません! そうですよね!?」
「ええ、ええ。本人も違うと言っていたわ…」
 母親も泣きながら興奮する彼女を宥めたが、セーラは尚も甲高い声で訴える。
「じゃあどうして逮捕されたんですか? 納得いきません! 私、明日お城に抗議しに行きます!」
「まあまあ落ち着きなさい」
 父親が従業員三人を店内へと招き入れた。
「話は中でしよう。人目に付く…」
 父親は店の戸の鍵を閉めると、女性達を作業場まで押しやった。それぞれ適当な椅子に座り、話を再開する。
「セーラ、城に抗議するのはやめておきなさい」
 フェリックスの父親の言葉に、セーラが言い返そうとする。
「でも…」
「やめておくんだ。でないと君自身が危ない目に遭うかもしれない」
 父親は、フェリックスが連行された後、聞き取り調査に来た警察から逆に聴き出した情報を伝えた。
「実際、フェリックスの部屋から毒薬が押収された。本人が自分で作ったと言ったらしい」
 従業員三人が口に手を当て、驚愕を隠せない声を漏らした。
「…だが、あくまで本人は研究目的で調合したと言い張っている。皆には知らせていなかったが、フェリックスは王子ともう長い間文通していてね。今日の午前中に、あいつが王子にウィスキーボンボンを送ったのも事実だ」
 そこで父親は言葉を切り、はっきりと、フェリックスが無実である証拠を示した。
「そのウィスキーボンボンは私が昨日注文して、今日の朝自宅に届いた物だ。フェリックスは未成年で買えないからね。到着した包みのまま、フェリックスは手紙を添えて王室の遣いに渡したんだ。私が付き添って見ていた」
「じゃ…あ…」
 一番年配のローラが話を纏めた。
「真犯人は、ウィスキーボンボンの製造元…?」
 父親は頷いた。が、父親はそうだとは思えなかった。製造元には包装して届けてくれとは言ったものの、誰に送るかまでは伝えていないのだから。まさか、無差別殺人ではないだろう。
「それか、王室に居る誰かだな」
 室内に嫌な沈黙が流れた。父親が再び切り出す。
「私の証言が何処まで信用されるか解らないが、フェリックスは潔白だ。それが証明されて、何事も無く帰って来てくれる事を祈るしかないよ…。城には私が行ってくる」

 アレックスは廊下の電話の前に座り込み、膝の間に顔を埋めていた。
(兄貴が死んだら俺の所為だ…)
 アレックスは激しく後悔していた。自分がティムに、兄が毒薬を作ったという報告をしなければ、こんな事にはならなかっただろう。自分はティムの企みを見抜いていたのに。
(王族を暗殺しようとした奴等は、これまで皆死刑か国外追放になってる…)
 兄の代わりに自分が死ぬべきだ、ともアレックスは思った。しかし、自分を責めるアレックスに、容赦無く電話のベルが鳴り響く。
「はい、テイラー洋装店です」
 店の回線と家の回線は同じなので、この家では電話を取る時必ずそう言う。
「王子を殺そうとしたの、お前んとこの息子だろ」
 電話に出るなり相手がそう言ったので、アレックスは受話器を投げ付ける様にして電話を切った。もう八回目だった。
(ティムは何を考えてやがる…?)
 歯を食い縛って、暴れ出したい衝動を抑える。今此処で自分が暴れて問題を起こせば、更に両親に迷惑を掛けてしまうだけだ。
 再び廊下に座り込むと、間も無く電話が鳴った。うんざりしながらも、仕事の電話かもしれず無視出来ないので、アレックスは受話器を取る。答える声がだんだん攻撃的になってきていた。
「もしもしテイラー洋装店ですが?」
「あ、アレックス」
 電話の相手はケイティだった。恋人の声にアレックスはほっとする。
「なんだケイティか。嫌がらせかと思ってきつく言っちゃったごめん」
「そんな事はどうでも良いって」
 ケイティが心配そうな声色で尋ねる。
「お兄さん、大丈夫なの? ニュースで色々流れてるけど、これやばくない?」
「うん…」
 アレックスは涙を流した。フェリックスが自分の所為で逮捕された事に対するわだかまりが、怒りや悔しさから形を変えてアレックスの頬を濡らした。ケイティの前でだけは素直になれた。本当は、ティムへの怒りや、自分のした事への後悔が重要なんじゃない。アレックスは、兄の身が一番心配なのだ。
「裁判になったらパパが証言台に立つ。色々、兄貴が犯人じゃない証拠もあるんだ」
 それを聞いてケイティは少しほっとした。
「良かった。お兄さんの事も心配だけど、明日あんたも学校で何言われるか解らないよ」
「そうだな」
「ま、大丈夫。あたしが一緒に居るしね」
 ヴィクトーが卒業した後、学校でアレックスの味方をしてくれるのはケイティだけになってしまった。それでも、アレックスにとってはヴィクトー以上に心強い味方だった。
「頼りにしてるよ」
 ケイティが「じゃ、また明日」と言って電話を切ろうとしたので、アレックスは慌てて引き留めた。
「繋いでてよ。喋らなくていいから」
「どうして?」
「だから、嫌がらせが酷いんだよ」
 本当は繋いでおきたかったのは、回線ではなくケイティだったが、アレックスは照れてその事は言わなかった。
(くっそー兄貴ならここでさらりと「一人だと心細いんだ」とか何とか言っちゃって女の心を鷲掴みにするんだろうな…)
 アレックスは昔、フェリックスが彼女をとっかえひっかえしていた時の事を思い出して、勝手に想像した。実際は、フェリックスは彼女よりも学問の方を愛する人間だったので、一人の方を好んでいたのだが。
 電話の向こうでケイティが笑った。
「良いけど、通話料はアレックス持ちね」
「勿論ですとも」
 そうして二人は夜が更けるまで、ずっと電話越しに話をしていた。

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