云えなかった言葉

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  • 1171字

「コリンズへ? 盗みに? 一人で?」
 ヴィクトーは今しがた父に言われた事を理解出来ず、馬車の後ろの階段に座る父に訊き返した。
「そう。そろそろお前も盗みが出来るだろうと思って」
 言葉に、ヴィクトーはわくわくした気持ちを隠し通す事が出来なかった。なんとなく、ヴィクトーは父や義母の前で感情を表に出すのが嫌いだった。必死で無表情を作りつつ、尋ねる。
「解った。すぐに行っても良い?」
「勿論」
 ヴィクトーは馬車のドアを開けっ放しにしていそいそと武器やお金の準備をし始めた。ネスターはこの子がどうやってコリンズ国の門を突破するか楽しみだな、と思いつつ、恐らく自分がその手段を知る事は無いのだろうと悲しくなった。
 きっとあのサーカスは応援を連れて来る。ウィリアムズ国が近い。そこの軍隊なら間違いなく自分達は逮捕される。
(しかしそれが一番良いのだろうな…)
「じゃ、行って来るねー」
「待ってヴィクトー!」
 土壇場で彼を引き留めたのは、馬車の中に居たネスターの妻だった。彼女は睡眠薬で眠らせたエドガーの傍を離れ、外に出たヴィクトーに近付く。馬車の中は火鉢を使って十分に温められていたが、外は刺すような寒さだった。
「武器は置いて行って」
「何で?」
「お願い。置いて行って」
「だからなんで?」
 彼女は返答に詰まったが、直ぐにもっともらしい答えを編み出す。
「入国する時に持っていると、没収される事があるわ。それに、子供がお使いに出る時に、そんな小刀を持っていたら不自然よ。どう見てもそれ、護身用じゃないもの」
 ヴィクトーの腰に刺さった鋭い小刀と太いリボルバーを指差して女が言った。ヴィクトーはそれもそうだと思い、女に武器を渡した。
 一人でコリンズに入国するには、目下の所、正当な手続きを踏んで入国するしか思い浮かばない。どの国の城壁も、子供が一人で乗り越えるには高すぎるし、少々の爆発物には耐えられる。どうにかして管理官の目を欺く必要があった。
「…じゃね」
「ヴィクトー!」
 今度はネスターが立ち上がり、呼び止める。ヴィクトーは眉を寄せて振り返った。
「今度は何?」
 ネスターは言葉に出来なかった。もう二度と会えないかもしれない。なのに自分はあまりこの上の息子に構ってやらなかった。それをとても後悔している。その事を彼に伝えたかった。
「お? ヴィクトーどっか行くんか?」
 その時マーカスが馬車の上からひょこっと顔を出した。
「コリンズに」
「何、兄分もうヴィクトーに盗ませるの? あんなに反対してたのに。早く行って早く帰って来いよ。夜に花火やろうぜ! 昨日俺が盗んできたやつ」
「遅くなっても俺の分残しといてよ!」
 ヴィクトーはコリンズへ向かって走り出した。父親がやっと「愛している」という、自分の気持ちを表す最適な言葉を見付けたのに、それを永遠に聞く事は出来なくなってしまった。

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