第25章:心配

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  • 1610字

 少女時代のサファイア様が、まだ足元が覚束ないような小さな男の子を振り返った。その子の名を呼んだ唇の形から、男の子がオニキスだと判る。
 オニキスは一生懸命に砂の斜面を下りていく。既に浜まで下りて待っていたサファイア様は、追い付いた彼と手を繋ぐと、海岸線に沿って歩き出した。
 オニキスはしきりに斜面の上を気にしていた。サファイア様が安心させる為に何か言う。どうやらお忍びで散歩に来た様だ。
「誰でも一度はしますのね、脱走」
 一緒になって鏡を覗き込んでいたローズが言った。
 暫く海を見ながら歩いた後、ふとサファイア様が前を向くと、男が…ターコイズが前方に立っていた。
「…さっきまで誰も居なかったぞ?」
「足跡が無い!」
 ルビィとモルガナイトがほぼ同時に言った。確かに、サファイア様とオニキスの足跡は砂浜にくっきりと残っているのに、ターコイズの周りの砂は波が浚い、風が均した後のままだった。
「…突然現れた?」
 ターコイズがサファイアに何か言っている。サファイア様が困惑していると、ターコイズは右手をオニキスの方に突き出した。
 途端、オニキスの体から力が抜ける。サファイア様が驚いて抱き上げると、気絶していた。
 サファイア様が何かをターコイズに必死に訴える。
「声が届かないのが辛いな…」
 ルビィが言って爪を噛んだ。
 ターコイズが一歩近付いた。今度はサファイア様に手を伸ばしたが、彼の足元に矢が刺さる。護衛の者達が二人を見付けたのだ。
 ターコイズは口惜しそうな顔をすると、マントを翻して消えた。その場から、忽然と。
 パニックに陥ったサファイア様が護衛達に泣きながら駆け寄る。幸いにもオニキスはすぐに目を醒ました。そこで場面は徐々に暗くなる…。
 完全に何も見えなくなると、モルガナイトは鏡を臥せて、急いで掃除されたまだ少し埃っぽい床に置いた。
「何だか良く判らないけど…ターコイズはサファイア様の命を狙っているんだね?」
 ボクは語尾を上げてみたが、答えられる人は居なかった。
 ややあってオニキスが隠し扉の向こうからボクを呼んだ。
「鏡持ってきてくれ」
 ボクが外に出ると、オニキスは歩き出しながら話す。
「サージェは心配してるが、俺としては指令室に居てくれた方が有り難い。その鏡で向こうの様子が判るからな」

 指令室には定期的に見張り役が城の周囲の状況を報告しに来るだけで、他に誰も居なかった。
「…俺はブルーレースを斬れるだろうか」
 机を挟んで向かい合って座り、何か有益な情報が見えないかとボクが鏡を見詰めていると、オニキスはふとそう漏らした。
「…なんで敵対するって決め付けるの」
「サージェに聴いた話、ブルーレースは逃げられると知りながら残る事を選んだらしい。モルガナイトによると、ターコイズに思い入れがあって、シトリンと違って一般的な善悪の判断は出来る上での決断らしい。盗賊として生きるってな」
「オニキスに会ったら、気が変わってくれたりしないかな?」
「さあな…」
 オニキスは机に両肘を突き、頭をわしゃわしゃと抱えて下を向いた。
「斬れる気がしないんだよ…」
 ボクは弱音を吐くオニキスに対してどう言えば良いのか解らなかった。
 ただ、いつもローズにしてあげる様に、ポンポンと彼の頭を撫でる事くらいしか出来なかった。
「…そういえば、オニキス、ターコイズと会った事あるって、覚えてる?」
「鏡でその姿を見て思い出したが…」
 オニキスは体を起こすとボクを見つめた。
「サファイア様に何て言ってたかは?」
 ボクは先程鏡でその時の様子を見た事を伝え、身を乗り出して尋ねる。オニキスは肩を竦めた。
「あの時俺まだ二つかそこらだぞ。ルビィやお前等はおろかブルーレースも母上のお腹の中だ」
「だよねえ…」
 ターコイズはどうしてサファイア様を狙ったんだろう。彼の目的が判れば、力と力でぶつかり合うのを…ブルーレースとオニキスが互いに刃を向けるのを、避けられるかもしれないのに。

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